帰ってますよ


帰国日に風邪を得てしまい,土曜日は帰宅後12時間以上爆睡。今日も微熱と時折の咳が続く。六大学リーグ行きたかったな(遠い目)。


食事を採って薬を飲んだら多少は楽になったので,写真を上げてみたり。(→2011Venezia-Firenze - cana's fotolife)おそらくほぼ100%かなまるが撮ったもの。


そして懲りずにごはん話。帰路はシャルルドゴール空港の乗り換え待ちの間に軽くサンドイッチ(トマトと白カビチーズとルッコラ),通貨統合万歳の4.20euro。機内食その1はパン2個,マフィン(忘れて帰っちゃった),チーズタルト,鶏のトマト煮のねじねじパスタ添え,あと何か(忘れた)とチーズ。その2は朝ご飯でパンとハム2種,固いチーズ2種,フレッシュチーズ(ほとんどヨーグルト),オレンジジュース,フルーツコンポート。


帰りの機内では前々から気になっていた「Brokeback Mountain」の英語版を眺めていた。日本でも公開されていた作品なのに日本語版がない。行きの間は「どうせわからんし」と思ってやめておいたのに帰りは少し気が大きくなっていた。案の定というか何というか,英語のセリフはものの見事に一言たりともわからんかった。あらすじも知らなかったので映像情報のみで雰囲気で判断するという無謀さ。どんなストーリーだったかさえもわからなかったのでいつか見直したいけれど,話の重大なオチだけは雰囲気で分かってしまったのが如何とも。


(ということで,今更Wikipediaの日本語版ページを見て,ようやく主要登場人物の名前を知る。あらすじも知る。へぇー)

忘れないうちにごはん以外も

4/30


成田閑散。出発前景気づけに出汁茶漬けを食べる。某カードのラウンジが同伴者有料になってた。




機内食うまい。概ね晴れていて,窓際の席だったので,かなり長い時間下を見て過ごしていた。ちょうど沿海州をぶったぎるルートで,木の生えてない山がたくさん。上の方には雪が積もっていた。食後猛烈に眠くなり,たっぷり眠って目が覚めてもまだロシア(新幹線の「どこまでも静岡」に通ずるものがあるがもちろんあれ以上)。それからフィンランドスウェーデンの海峡を抜ける。この辺あまり意識して地図を見たことがなかったけれど,氷河湖たくさん。どころか氷河に削られ残ったような複雑な形の低平な小さな島が海の中にぎっしりで,めっちゃ離れたところに突然人が住んでいる島があったりと不思議な光景が広がっていた。


そのままデンマークを抜けてもう一眠りしている間にパリ・シャルルドゴール空港着。ヴェネツィア行きに乗り換え。シャルルドゴール空港は新しくてとにかく広い。乗り換え通路途中でパスポートコントロール。搭乗口を目指しててくてく歩いているだけでいい時間になった。




ヴェネツィアの空港にはお迎えが来てくれていたので,ローマ広場まで車,そこから水上タクシー。21時ごろにはホテルチェックインも終わったので,ぷらっと歩いて晩ご飯。そのあとぷらっと夜のサンマルコ広場へ。22時半を過ぎていたけれど人で溢れていた。満ち潮の時間帯だったようで水も溢れ気味で,広場の中に一本道状態になっているところをよちよちと歩き,バールで一杯コーヒーを引っかける。

5/1


日曜日&メーデーということで色々お休みの日。海に面したテラス席でまったりのんびり朝ご飯。朝ご飯はアメリカンタイプのブッフェで,穴あきチーズがとくにおいしかった。





そのあとサンマルコ広場とは反対方向にてくてく歩いてアルセナーレ(旧造船所。今は海軍施設になっていて内部は見学不可)。裏庭にぶどう園があるという教会に行き(途中迷って大回りしたのにぶどう園は見つけられなかった),一度ホテルに帰って小休止の後,リアルト橋を渡って遅めの昼ご飯を食べ,魚市場(お休み)の横を通り抜けて細い路地をひたすら歩く。道はどこまでも平地だけれど,橋という橋が全部階段なので,だんだん辛い。


カナルグランデの西側中程にあるサンタ・マリア・グロリオーサ・デ・フラーリ教会は,帰路にあたるので立ち寄ったのだけれど,古い教会で木製の凝った浮き彫りの聖歌隊席があり,中は広々として厳かで,壁や天井画,祭壇奥のステンドグラスが素敵だった。ヴェネツィアの教会総じてステンドグラスは多くはない印象。




引き続きアカデミア美術館(はお休み)の横を通り抜け,アカデミア橋を渡ってカナルグランデの東の島に戻り,さらに歩いて,サンマルコ広場に出る。疲れても「へい,たくしー」といかないのが辛いところ。この時点で18時。18時からバレーの試合を観たかったのでこの日は早々にホテルに引き上げ,試合が終わった20時半すぎに改めて夕食に出かけた。

5/2


朝食後アルセナーレ横の海洋史博物館へ。後日確認したところ,ミシュランで☆が1つついていた。さほど大きな建物ではないものの,4階だか5階だかまでびっちり展示があって見応えたっぷり。1・2階は海軍史といった趣で大砲やら地図やらがどんどん。上階には世界の舟(日本の高瀬舟や韓国の亀甲船の模型やなぜかリキシャの車夫の衣裳も),ヴェネツィア史(?ナポレオン統治時代も含む)上の海軍制服の実物,各種帆船模型。展示の説明はイタリア語と英語なので限界はありつつ。


それからずずいと西に歩いて,アカデミア美術館。ヴェネト派絵画の潮流がどーたらということだったらしい。中世の宗教画からルネサンスの先駆けでヴェネツィアで活躍した画家の作品など。建物自体が古い集会所やらをつぎはぎしたもので,建物の内部も趣深かった。建物内あちこち絶賛工事中。月曜は14時閉館とのことで13時55分にトイレに行きたいと言ったら「もう閉まるからダメ」とのこと。さすがだ(この辺は日本の美術館や博物館もあまり変わらない気がする)。


空腹と疲労でへろりんこ。ザッテレの海岸をたらたら歩いて昼ご飯を食べて英気を養い,島の端まで歩いてぐるっと回って,サンタ・マリア・デッラ・サルーテ教会。ここの教会はカナルグランデやサンマルコ広場前あたりから見ると白いクーポラが青い空に映えて本当に綺麗。だけど,ここも内部は絶賛工事中だった(今回の旅行は工事中遭遇率がやたら高かった)。




渡し船(トラゲット)で対岸へ戻り,サンマルコ広場方面に向かってたらたら歩いているところで出会った教会(サン・モイゼ教会)にふらっと入ったら,チェンバロを調律する音が聞こえてきた。それも調律しているのは日本人の学生さんっぽい。どうやらイタリアで音楽を学んでいる日本人学生による日本復興支援的な主旨のコンサートが行われるところだったようで,演奏会は無料でよろしければ募金をの由。ここで行き合ったのも何かの縁ということで,ユーロ紙幣で募金をして,拝聴。1時間20分ほどのコンサートはバロック中心の編成で,チェンバロ+ソプラノ,チェンバロ独奏,バイオリン,パイプオルガン+ソプラノなど。石造りの教会で聴くチェンバロやパイプオルガンの響きは格別で,ソプラノも響き渡って,貴重な経験だった。その前にたまたま通りかかった小さな広場で若者数人が演奏していた「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」を引き合いに出しなどしながら日本人は真面目だよねなどと評しつつ聴いていたのだけれど,最後の最後日本の唱歌メドレーで,恥ずかしいことにぐだ泣きしてしまった。ふるさとで始めて四季折々の歌をまぜつつふるさとで締めるなんて,反則だ。


目が真っ赤だったし,みなさんお忙しそうだったのでお礼は言えなかったけれど,旅行って不思議な出会いがあるものだなあと思った。出演者主催者の知り合いらしき人が多かったけれど,中にはたまたま通りかかったと思われる観光客もいて,しみじみしてしまった。この件に限らず,旅行中は折りに触れて日本の地震の話題が出たし,心配もしてもらった。Fukushimaが有名な地名になってしまったことに多少の感慨も覚えつつ。


疲れていたけれど夕食はヴァポレットに乗ってカドーロまで出た。目当てのお店がいっぱいで入れなかったので近くの別のお店に行ったのだけれど,強烈なお店で,詳細は別項で。このとき店のおっちゃんとお客さんが2回ぐらい「オバマ」って言ってたんだけど,このときは何の事やらだったんだよなー。

5/3




朝食後チェックアウトしてサンマルコ寺院へ。9時45分ごろに着いたら既に長蛇の列で,列車の都合もある我々ははたして拝観が叶うのだろうかと不安になったが,意外とさくさくと列は進んで30分ちょい待って中に入ることができた。サンマルコ寺院は,西から3月22日通りとかを通って来るときに細い路地を通って薄暗い回廊をくぐり抜けてサンマルコ広場に出た瞬間のぱーっと開けたところにどーんとそびえ立つ外観が何よりも素晴らしいと思っているのだけれど,床の大理石のモザイクも素晴らしい。お金を払って豪華絢爛と噂の祭壇画も見る。金銀宝石がまさに散りばめられたとしか言いようのない,エメラルドルビーサファイヤ水晶ガーネット(適当に書いてます)がふんだんにあしらわれたきっらきらで,口開けてぽかーん。


2階を利用した博物館(?モザイク画の本物などがある)を見てテラスにも出て,ヴェネツィアを改めて噛みしめて,ヴェネツィア観光はおしまい。荷物を受け取ってヴァポレットに乗って,サンタルチア駅へ。


このヴァポレット,運悪く反対回りに乗ってしまってやたら時間がかかり,特急の時間ぎりぎりになってしまってちょっと焦ったりもしたのだが。ローマ広場で降りて橋を渡った方がサンタルチア駅おりばへの1駅待つより早いかもしれないとローマ広場で降りてみたら,綺麗なカーブを描く橋の実態が(カナルグランデにかかる4本目の橋でつい最近完成したと聞くにも拘わらず,そしてカナルグランデを挟んで向かい合うバス停のローマ広場&鉄道のサンタルチア駅の間にかかったにも拘わらず)オール階段という,なんとも21世紀らしからぬというかヴェネツィアらしいつくりで,誰かさんはスーツケース2つ抱えて駆け上ることになったのだけれどそれはさておき。




実際には駆け込み乗車でもなく5分ぐらいの猶予をもって乗車。ホームと電車の間がめちゃめちゃ高くてびびった。車いすの人は専用の補助車で上げてもらってた。色々謎が多い。1等で広かったけど,ドリンクとお菓子のサービスと車内誌(読めない)があったぐらい。新幹線の2等ぐらいかな。車両の種類によってはUSBが使えたりするみたいだけれど,そういうのはなかった。


フィレンツェまでは約2時間。日本の車窓の風景によく似ている。農家があって農場があって,混合林が生えている。山があって時折川があって。ポー川を渡るので気をつけていたけれど,水田らしきものを見つけることができなかったのがちょっと残念。直播きしてるのかしらん。


パドヴァを過ぎるころまでは起きていたのだけれど途中からずっとトンネルになったので,ぐっすり。


夕方フィレンツェ着。ホテルまでは駅から100メートルかそこらだったのでスーツケースをがらごろ押して徒歩移動。だったのだけれど,略地図が簡略すぎて道は分からない歩道は狭い,自動車とバイクがひっきりなしに行き交う。車のないヴェネツィアで交通事故の心配皆無の生活を数日間送っていた身にはこれがけっこう堪えた。どうにかこうにか迷わずホテルに着いてチェックインして,ぐんにょり。


ぷらっと散歩がてら中心部の近くまで出て,ポンテヴェッキオの1本西の橋を渡ってアルノ側対岸に出て晩ご飯を食べてまたてくてくっとあるいて1日終了。

5/4


フィレンツェのホテルも,朝ご飯はアメリカンタイプのブッフェ。温かい料理に白インゲンの煮たのが加わったのがトスカーナ的。アメリカンタイプとはいってもサラダがないのがいささか辛い感。生の果物もあるのだけれどりんご1個など単位が大きいので結局シロップ漬けの果物を食べることになるんですよね,いいんですけどね,コーヒー飲み放題だし。なんかしら甘ったるいクロワッサンとかタルトとかが朝から並んでいるのも凄い。けっこう食べてましたが。


この日は10時からウフィツィ美術館を予約していたので,さくっと朝ご飯を食べた後はいそいそとウフィツィ美術館に行き,6時間ぐらいは籠もってた。以前1度行ったことがあるはずなのに綺麗さっぱり記憶からなくなっていた。音声ガイドも借りてこってりたっぷり。お腹いっぱい。半分過ぎたあたりで疲れ果てて眺めの良いカフェテリアのテラスで甘い物を食べて休憩を取って,再びひたすら名画鑑賞。疲れた。


そのあとドゥオモの中を見て,ホテルに戻り,疲れた連呼してから早めに夕食。21時過ぎにホテルに帰ってからちょっとだけマチェラータ対キューネオを見た。

5/5


朝一でホテルからほど近いサンタ・マリア・ノヴェッラ教会に行ったら,おつりがないと言われてすごすご。メディチ家礼拝堂で骨(何の骨かわからない。宝石や真珠で飾り立てた凝った容れ物に入ってる)をたくさん見て,ミケランジェロがデザインを手がけたというお部屋(メディチ家のえらい人の棺がある)で彼のデザインセンスの秀逸さを堪能。その後,中央市場前の露天商を冷やかす。ここで何か小さな鞄を買えば良かったと後々まで後悔することに。小ぶりの洒落たショルダーバッグが15ユーロぐらいだった。あと何かイタリア語で値段聞いたらイタリア語で返ってきたけどわからんかった。数字怖い。


それから中央市場をお土産を物色がてらぷらぷら。ここは買い物好きの人には天国かもしれない。とんでもない大きさの生肉の塊がごろごろ。天井からは豚のもも肉のハム(?)が足つきでぶらり。もちろん生レバーとか生センマイとか頭から尻尾までついた小さな生き物とか鶏とか鶏皮とか,如何せん桁が違う。チーズ屋にはもちろん抱えきれない重さのチーズが硬軟とりまぜてごろごろ。魚屋もあって,こちらはわりと漁港近くの観光市場などでは見慣れた風景。太刀魚を売っていた。野菜・果物屋にも単位のわからない野菜がもりもり。ブロッコリー,ズッキーニ,ビーツ,人参,りんご(ここでは銘柄を見なかったけれどヴェネツィアではふじがポピュラーだった),アーティチョーク,レタス,などなど。あとちょうど季節だったようで苺! 乾物屋はきのこやドライトマトが樽や箱に山盛り。酒屋では籠で特価売りされている1本(750ml)3.5ユーロの赤ワイン。


もちろんそういうのばっかりじゃなくお土産好適品も製造・販売されておりまして,フィレンツェで食料品の土産物を買うのならここがいちばん便利だろうなあと。日本人スタッフのいるお店も複数あった。んで,たぶんいろいろ紹介されているんでしょう,日本人観光客も多かった(余談だけれどヴェネツィアでは思っていたほど日本人観光客を見かけず,フィレンツェでは思っていたとおりにたくさんの日本人観光客を見かけた)。


そんで日本人スタッフさんにナンパされたのでお昼を一緒することに。新婚旅行だろうと思いましたと。頭の先から足の先まで新婚旅行でございますって恰好をしてたのでさもありなん。まだ食べてなかった猪(てっきり秋冬のものだろうと思ってた。ら,市場で生肉の塊売ってた)とレバークロスティーニを目当てにオステリアへ。


一度ホテルに戻って荷物を置いて,徒歩でボーボリ庭園とミケランジェロ広場。ボーボリ庭園は……何というか……ことりっぷイタリアの散歩道に騙されたというか……庭園内猛烈に坂。丘の斜面に小径を切り開いて庭園と呼んでいますというのが相応しい。ちょいちょい池もあるけど,良く言えば自然が豊かで鳥のさえずりが聞こえる,有り体に言えば木がもりもり生えている,そんな庭園で,体力と時間に余裕があれば楽しめるのかもしれない。ぜいぜい。





ぜいぜいついでに坂を下りてまた上ってミケランジェロ広場。ここからのフィレンツェ旧市街の眺めは素晴らしかった。歩くのが厭でドゥオモのクーポラも鐘楼も上らなかったのに,結局歩きまくった。帰りはさすがに歩きたくなかったのでバスに乗った。このバスの切符を買うのがまた一苦労で。乗ってから運転手さんから買えば良かったのだろうけれど某歩き方に割高だと書いてあったので事前に買おうと思ったら,広場のあちこちに売店ジェラテリアがあるものの全部のお店でバスチケを扱っているわけではなく,あっちで振られこっちで振られ。


どうにか移動売店でチケット買ってバスに乗って,旧市街の外をぐるっと回るかたちで駅まで戻った。この日もモデナ対トレントの試合があったはずだけれども多チャンネルすぎるテレビではどうしても見つけられず,諦めて晩ご飯。

5/6


朝10時のフライトなのに8時までにチェックアウトを終えてホテルロビーの由。国際線なのにだいじょぶかしらんと思っていたら,おしゃべり好きのおばちゃんドライバーが8時前に到着して待ってくれていた。早いじゃん。おばちゃんの息子さんが偏食でカルボナーラアマトリチャーナの繰り返しばかりで,母親としては閉口しているとかそんな話をしつつ,そういえばアマトリチャーナ食べなかったな,と。最終日,旅もほぼ終わりかけというこの段階になって「空港はここから近いのですか?」という旨のイタリア語での発話(L'aeroporto e' qui vicino? と言った。合ってるかどうかは知らん)を試みたら「ん?」と聞き返されて「Is the airport near here?」と言い直したら理解してもらえたというとてつもないしょんぼりな体験をして,カルボナーラのレシピを聞いたり,おばちゃんの地震恐怖体験を聞いたり。イタリアでも地震あるらしい。


そんなこんなで空港までは10分ちょっと。8時15分には空港に着いた。2階建てのこぢんまりとした小さな空港で,乗り場は全部バス+タラップ歩いてのぼる方式だった。着いた途端に,10時から14時までストするから乗る予定のエールフランス(といってもシティジェットによる運航でAFとKLMがコードシェア。いわゆる安い系の航空会社とコードシェアってあるのね)は5分早まったと。んで10時以降の便はいくつかキャンセル。小さい空港だけどそれなりにフライトの予定があったのに3本ぐらいキャンセルになってた。これがかの有名なストかと感心しているうちに同じ10時発のミュンヘン行きルフトハンザも(チェックイン手続きを始めていたようだったのに)キャンセルになって内心冷や汗をかいたのだけれど,パリ行きシティジェットはさらに予定を早めて9時45分発でどうにか飛んでくれた。9時15分には最終のチェックインの案内をしていた。いろいろ適当すぎて怖い。ストするのにわざわざ早めて飛ばすのもストらしくないような気がするんだけど,飛ばしてくれたお陰で予定通り帰国できたので有り難いことです,ええ。


ここの手荷物検査を過ぎた搭乗口前の免税店でもトスカーナの各種お土産がメジャーどころは一通り揃っていたので,ちょいちょい残ったユーロを使ったり。


ストのお陰でちょっと早めにシャルルドゴールに着いたので,空港内のカフェテリア(?)で軽く昼ご飯を食べて,今度こそ本物のエールフランスに乗り換えて帰国。帰りは直前の機材変更とおそらくは悪天候(ものすごい回り道をしていた)の影響で,到着は45分遅れていた。乗り継ぎのある人大変だったろうなあ。


成田空港に着いたら雨が降っていた。そういえば旅行中一度も外にいるときに雨に降られなかった。


帰る日に引いた風邪をまだ引きずっていてまだ喉が辛いです。