「チョコレートは甘い」「おいらは眠い」に「お宝は詰まっていない」と続けても


「『○○は△△』シリーズなのね」とは,思わないでしょう?


これについてその根拠を英語の5文型を用いて書こうとしているが,(英語がわからないからだけでなく)説明にならない感じがしてきた。日本の文法が難しいからではなく,英語の文法規則を援用するのが適切でないということで。


つまり,シリーズと思えないのは,これらの文のうち前の2つは「△△」が「○○」の補語になっている関係(S+V+C)だけれど,「お宝は〜」の文はそうではない(だろう)からではないかと。意識しないところで,「違う構造の文だな」と感じているのではないかということだ。


その話はそれで終わりなのだが,この「お宝は〜」の文,日本語ではよくある表現だけれど,どういう文の構成になっているのだろうと考え始めたら分からなくなった。


ぱっと見は「お宝」が主語で「詰まっていない」が動詞のように見え,「お宝」が自動詞的に「詰まっていない」という表現になっているようだが,日本語の構文としてそのように解釈されているのではないように思う。


日本語の構文において「お宝」といった種類の名詞が「主語」になるのかという話だ。ただし,日本語に主語があるのかどうかも知らずに書いているので細かいところは突っ込まないように。


英語の場合はこういった生きてないものが主語になる表現は多いが,それでもこの場合は「お宝 doesn't 詰まっている」よりは,「There is not お宝(+場所)」が自然な気がする。英語わからんのでなんとなくだけど。そういうところから考えても,「お宝は詰まっていない」の「お宝」と「詰まっていない」は主語と動詞の関係とは言えないんじゃないかと。


しかしこの「There is 〜」って,文型でいえばどうなんだっけ。thereは副詞なので主語ではないよね。だったら主語は「お宝」なんだろうか。これでもし「There is 〜」が第1文型だったらここまで書いてきた説明がねじれてきちゃうんだけど。しかしもう忘れたよ(そりゃ忘れるだろうよ,英語の構文が云々という世界から離れて9年だ)。


それはさておき,じゃあ「お宝」と「詰まっていない」の関係はどうなのかとか,係助詞「は」の意味用法はどういったものがあるのか,とか,


使う時には何も考えずに使う(=正しく文を組み立てることができる)し,読んで何となく「仲間」「仲間じゃない」ってわかるのに,こうやってみると実は全然訳が分かっていない。誰か訳が分かっている人がいるのかどうかも怪しい(少なくとも義務教育の間には習っていないと思いませんか?)。言語獲得って不思議だなぁとか言葉って面白いなあとかわたしは全然物事を知らないなあとか思うひとときではありますが,根本的に勉強と読書が嫌いなんで,如何ともしがたい。ちなみに語学はもっと苦手だ。まず辞書を引くという行為が苦手(めんどくさがりですから)。


ちなみに,お宝が詰まっていないのはJORNADAです。


さて,「お宝が詰まっていない」と「JORNADA」の関係は? って,これはわかりやすいか。いや,そうでもないな。「あたしは眠い」「チョコレートは甘い」とはちょっと違うから,「『は』の前と後ろが等号で結ばれている」だけでは違いが説明できない。