ほかの(全体の)様子がよくわからないのでなんとも言えないのだが,一般にあの辺の音楽の聴衆はライブのネタバレ(事前の演目バレ)を嫌う傾向がある。ようだ。「傾向」が大げなら,そういったタイプの客があるようだ。曲目や曲順を予想し,1曲終わるごとに次に何が演奏されるか胸を高鳴らせてじっと待つ,そして曲が始まった瞬間の「これが来たか!」という昂揚をあるいは落胆さえもカタルシスとして堪能するものと考えられる。


カタルシスなら手持ちのライブラリをランダム再生しても同じはずだが,ことライブとなると生演奏だけに格別で,だからこそライブの曲目が事前にわかってしまうと興がそがれてしまう。と,そういう仕組み。かも。理由はどうにもわからないが,予定調和がつまんないその気持ちはなんとなくわかる。


気持ちはわかるんだがしかしこれはちょっと考えてみると相当不思議な事象で特殊な世界だ。音楽に限らず,通常は告知の段階で演目が明記され,観客はそれを参考に,観に行くかどうかを決めるものだと思う。一部の演劇では筋書(ストーリーの落ち)まで事前にわかっていてそれでも観に行く,寧ろあらすじの予習は推奨というものが珍しくない。


ともかく,人だけ見て行くかどうか決めるわけだ。この人達が演奏するものなら何が来てもWelcomeなのか,逆に,好きな曲がないのが事前にわかるとがっかりしてモチベーションが下がるから知りたくない(つまり曲目でえり好みして集客が悪くなる)のか,どちらにしても信者の集会のようなものだからこそ可能なんだと思う。


そういった傾向が強いためか,ツアー中に発売された雑誌のライブレポートは,ただの1曲も曲名にも曲順にも触れないようにそれはそれはもう徹底して神経がつかわれていた。感心するやら筆者の苦労が透けて見えるやら,奥歯に物が挟まったような言い様とはまさにこのことかと呆れるやら。


一方で声優さんのライブの話などを聞くと,セットリストは事前に把握していて当然で予習を完璧にして臨むのが望ましい(あるべき)聴衆の姿と考えられている様子が窺える。コール表を覚えて曲に合わせて客席で決まった動きを全員で行うことによって,観客もライブ演奏に参加した気分を味えるのかもしれない。気分どころか,客席も混みでライブ演奏が作り上げられるといっても過言ではない節もある。それもまたライブならではの楽しみであろう。


さて今回の武道館はアルバムツアーの追加公演だった。本編はツアー後半と全くセットリストで,ネタバレどうこういっても,観客のかなりの割合が,事前にどこかの会場に足を運んでいただろうから,今更なにをか言わんやの域。各曲の或いは全編を通したムードの上げ下げが全体で自動的に行われている様が見事であった。どこで弾ければいいのかわかんないままなんとなくずるずるといったことがなく,休むところは休む(体力ないので),黙って聞くところは聞く,気合い入れるところは入れる,と,メリハリがつくのが良いものである。また,慣れている客が多いため,手拍子などが至ってスムーズ。そういう揃った振り嫌う客もまた一定数存在するのだが(客は客同士で団体を組む必要はなく,一人の聴衆としておのおのが他の客に迷惑をかけない範囲で自由に楽しめばよいとする考え方。ステージ上の演奏に対して個々人が自分の意志で金を払って観に来ているのだからこれは至極もっともな見解である),楽しいものは楽しいもんね,武道館中でぱんぱんぱぱぱん。


本編に対してアンコールはツアー中から日替わりで,何曲かあるストックから毎公演適当にピックアップしている風だった。前半は少ないストックでのバリエーション展開だったが後半にはちょこちょこと新しい曲が加わっており,追加公演に入っての名古屋と大阪では,アンコールの曲数が増え,本公演では演奏されなかった曲も演奏された。


それをふまえて武道館。本編では予定調和を楽しみ,アンコールではカタルシスを味わう。といっても結果的には既出アンコール曲ばかりで,まあだいたい「あ,これね」ではあった。JUPITERは武道館が初だったかもしれないけど,あれは定番過ぎて驚かない。概ね好きな曲+良い並びだったので,個人的には良い方にぼちぼちと結果満足。


ライブ演奏頻度の高い曲って,好き嫌いにかかわらず「またこれか」「やっぱりきたか」とちょっとだけがっかりしちゃう傾向もある。らしい。んだけど,でも,頻度が高いってことはそれだけ人気が高い・堅いってことでもあるわけで,JUPITERの前奏にあわせてさわさわと静かに素早く客席に広がっていく空気,主に喜びとか期待とかで構成されている雰囲気はさすがの白ミサ曲であった。


そして何より凄かったのは,最後の最後。2回目のアンコールの2曲目の終わり(3曲目の冒頭)で「どうもありがとう」と最後らしい挨拶が入って始まった3曲目。エンディングちょっと引っ張って,音が切れる前に,耳になじんだ単音のイントロフレーズと続く休符。その瞬間の武道館のボルテージの急激な上がりようは半端なかった。その前のMCを聞いて3曲目でおしまいと思った人も多かったのかもしれず,もう1曲演奏される嬉しさは大きかったろうし,しっとりエンドだった前年DIQに消化不良を覚えていた口には,盛り上がって終われる曲がオーラスに来たことの喜びと安堵もあっただろう。細かくみれば人それぞれいろいろ想いはあるだろうけれどそれら全てがほんの2小節のイントロにぎゅっと詰まって1小節の全休符でぎゅっと弾ける。漫画の効果音が目に浮かぶような,でも実際にはどうにも形容しづらい音がアリーナの底から2階席まで湧き上がって,仕込みもなんもなくても会場がふいに一つになるライブってやっぱり文字通り生ものなんだと。だからあの曲はあの休符が神だと思う。もっとも,クイズイントロドンで何の曲か瞬時にわかって勝手に体が反応するような人間ばかりってことだから,そうとういかれてることは間違いないんだけどね。