新春歌舞伎「小町村芝居正月」@国立劇場(ネタバレつき覚え書き)


●主な配役



序幕 第一場「江州関明神の場」第二場「大内裏手の場」
大伴黒主菊五郎小野小町姫…時蔵,紀名虎…松緑,五位之助兼道…菊之助藤原良房権十郎,四の宮兵藤武足…團蔵,小野良実…彦三郎,関寺の大刀自婆…田之助 etc


二幕目「大内紫宸殿の場」
惟喬親王亀蔵,惟仁親王…松也,虎王丸竹夜叉…亀三郎,熊王丸月夜叉…亀寿,香取姫…梅枝,綾絹…菊史郎,妻菊…菊三呂 etc


三幕目「深草の里の場」
深草少将…菊五郎,孔雀三郎松平…松緑,花売り娘おたつ(小女郎狐)…菊之助小野小町姫…時蔵


四幕目 第一場「柳原けだもの店の場」第二場「柳原土手の場」
柳原の五郎又(深草少将)…菊五郎,正月屋庄兵衛(紀名虎)…松緑,妻恋のおみき(小女郎狐)…菊之助,家主太郎兵衛…亀蔵,家主女房おとら…萬次郎,五郎女房おつゆ(小野小町姫)…時蔵 etc


大詰「神泉苑の場」
名虎妹初音(小女郎狐)…菊之助,以下略



●あらすじ


1)文徳天皇病に伏せり,一宮惟喬親王と二宮惟仁親王の跡目争い起こりをり。惟喬親王派(?)の黒主一派,兵藤武足は跡目を記した先の仁明帝の遺言状を盗みだし,紀名虎は天皇必需たる村雲の宝剣を盗みだし,名虎の母たる大刀自婆もなんぞ悪巧みをいたし申す。名虎東国へ身を隠す。黒主龍神を使いて都を旱魃せしめる。


2)惟仁親王執政の折しも惟喬親王都へ乗り込み,惟仁親王玉座から蹴り落とす。宮中吉例歌合わせの会にて,黒主,小町の歌に盗作の言いがかりをつけいじめる。兼道,姫の窮地を救わんとす。黒主一派さらに小町をいじめ,小野良実・小町父娘黒主に囚われの身となる。そこへ村雲の宝剣紛失の報せ来たり。黒主悪巧みを明かし惟喬親王をも蹴り倒し,天地を己が意のままにせんとす。


3)突如深草少将と小町の道行き。舞踊の幕。宝剣管理係の深草少将,紛失の責任取らんと宝剣の行方捜しに東国へ。黒主屋敷を抜け出した小町姫も恋する少将の供をする。そこへ通りかかりし花売り娘,少将が忠臣孔雀三郎松平に誘われて,嘆く2人を楽しませんと,共に江戸の庶民が風俗の吉原の客引きを踊ってみせる。以下4人の舞踊。愉快なり。


4−1)さらに突如舞台は江戸のけだもの店。場所が「江戸」なだけでなく時代も「江戸」。ぼたん鍋やらもみじ鍋やらを供する「けだもの店」の主人(五郎又)とその女房(おつゆ)に身をやつす深草少将と小町姫。夫婦の不仲を耳にして現れたる正月屋(汁粉屋)庄兵衛,五郎又の留守中におつゆを連れ出さんとす。そこへ新しい女房おみきを同伴して帰り来る五郎又。しばし掛け合い漫才の末,三人で暮らすことに相なり申す。夜半,正体顕したるおみき(小女郎狐),正体顕したる庄兵衛(名虎)。2人の立ち回りの末,小女郎狐,名虎の持ちたる村雲の宝剣を奪いて逃げ去りたり。小町姫再びの上洛を決意す。


4−2)柳原の土手,神社の前。名虎,犬四天を用い,小女郎狐から宝剣を奪い返さんとす。小女郎狐,犬四天相手に大立ち回り,宝剣を持ちて京へ急ぐ。犬四天なる者,ぶち犬の扮装したる若衆なり。


5)神泉苑にて黒主,惟仁親王派の首を今にも切らんとす。そこへ揚幕の向こうより「しばらく」の声かかり,孔雀三郎勇壮たる支度にて現れたり。名虎妹初音に化けたる小女郎狐,村雲の宝剣を孔雀三郎に渡し,ここに黒主失脚せり。黒主と孔雀三郎相争い,黒主が箱に封じ込めたる龍神を孔雀三郎解放し,ここに都の旱魃も収まりたり。あなめでたやめでた。


おしまい。


●いろいろ


12時開演で終演は16時過ぎだが,10分+30分+15分+15分の4回の幕間に加えて3幕の場面換えでも時間を取っていたので,正味は2時間半ちょっと。場面ごとに雰囲気も違うので,通し狂言でも長ったるい感じはせず,だれることもなく楽しめた。逆に,幕間が多すぎてぶちぶち切れて「もう幕?」みたいな残念さもあったが,一幕が長くても疲れるから一長一短。単に一人客で話し相手がいないから休憩の間が持たないだけだし。30分休憩に入るのが13時半なので,お昼の食べ時がいささか妙なことに。事前に分かっていればそのつもりで対処できる範囲だけども,調べていかなかったのでちょっと失敗。


元は顔見世用の狂言だそうで,顔見世といえば江戸の顔見世は11月,だいたい今の年末年始ぐらいの時期ですな(今が12月の3日とかその辺のはず)。登場人物が多くモブを含めてわいわい人が出てきて賑やかだし,菊五郎松緑菊之助亀蔵は二役,さらに同じ役でも変装やら扮装やらしているので,通し狂言でも一人の役者のいろんな役柄や衣裳が観られるようになっていて楽しい。そして「なんとなく目出度ければそれで良し」感に溢れたなんとも荒唐無稽なお話も初芝居(初笑い)には上々。なんで深草少将と小野小町が江戸で獣肉料理屋やってんのよ。突然の世話物セットに意味不明。例によってご都合主義で辻褄合わなくても気にしない筋立て,お笑いパートも一通り突っ込んで,劇中にお年玉の手拭い撒きも行われて,最後はなんとなく丸く収まっておしまい。


お笑いパートは,日和見公卿4人衆が主にギャグパートを担当し,顔に珍妙な落書きをして現れたり(なんとか隈というらしい。忘れた)去年流行った芸人さんのギャグの真似をしてみたり。ほか,亀蔵さんが蹴り落とされた時に「音羽屋のお兄さん酷い」と嘆いたり(期待を裏切らない亀蔵さん),松緑のところに「お願い帰って」しにいく菊之助が「松緑さん」と頼んだら松緑が「菊お姉さん」と返したり(松緑の方が年上だろうがそういうものなんだろうか),長唄だか常磐津だかなんだかの人たちの歌にもちゃっかり最初から役者の名前が入っているなどメタギャグも満載。「ちるどれん」は松緑さんだったかな。あれはどう考えてもアドリブだよなあ。アドリブ返しも絶妙だった。


ここのところお笑いパート付きの出し物に当たっていなかったので,久しぶりに腹抱えて笑った。大詰に無理矢理「暫」を入れているあたりもお正月だからかしら,ストーリー上は意味不明だから。孔雀三郎いつからそんなに偉くなった。せめて深草少将が「暫」やるなら話としてはまだ筋が通りそうなものだが,黒主と深草少将の中の人が同じだからできないんだよね,きっと。でも松緑はああいうの似合うねえ。もともとガタイが大きいので,でっかい格好が決まる。まだ若いので若〜い感じはあるけど,丸々してて目が大きくて愛敬があるし,声がいいし,踊りもうまい。先々がいっそう楽しみであろう。「暫」の衣裳は,役の名前に合わせて黒地に孔雀の羽の絵。あの袖は竹竿入りらしい。


劇団の座長さん(?)は,悪の親玉で主役ではあったけれど,序盤にぐるぐる回り舞台したぐらいであとは大きな見せ場もなく,一人大立ち回りの菊之助や暫の松緑に比べると,少し地味だった印象。それはそれで,菊五郎さんと時蔵さんは泰然と構えてあとは愉快な人たちが愉快に花を添えて,ああ面白かったわね,でいいんだろう。五郎又の軽妙洒脱なせりふ回しは流石だったし。


何より菊之助大活躍で大満足。全幕出まくり。かわいい。めっちゃかわいい。去年の映画の広告やら街中にたまに現れるVAIOの広告やらを見ても扮装していない姿は別段良いとも思わないんだが,いざ舞台の上となると贔屓の引き倒しで,何をやってもかわいい(バカ)。


最初に見たのが「助六」の揚巻だからかそれとも背格好やら顔立ちやらがぽよよんとしているからか,どちらかというと女の子役の方が好きなので,最初の五位之助兼道はまあぼちぼち,小女郎狐(+狐が化けてるお嬢さん達)にじゅるじゅるはぁはぁ。とくに四幕目第二場のわんこ達との立ち回りは独擅場で,わんこの間をぴょこぴょこ跳ね回り,海老反りも連発,わんこさん達を宙返りさせ放題。国立劇場に幕見というものがあるならば,四幕目だけでも観たいものであるぞよ,というぐらいの大活躍。楽しかった。わんこのアクロバットは「お祭り」の鳶の若者みたいな感じでとにかく派手,しかも,茶と黒のぶち犬の服。うひひ。いやしかし,四幕一場のおみきもかわいかったな。矢鱈早口でヘンナヒトだったけど。


人がぞろぞろ出てきたので若い人の話など。亀三郎亀寿兄弟は若々しくて清々しい憎らしさであった(赤っ顔に清々しいも妙だが)。紫宸殿の場の官女で下手に座っていた方(たぶん竹蝶)がどうみても女にしか見えなくて,一瞬端役だから女性が混じっているのかと思ったぐらい。やるなあ。香取姫の梅枝は赤姫の扮装が似合っていた。黒主が連れてきた3人の女の子だと,真ん中に座ってた綾絹(?)も顔立ちが美人さんだったが,欲を言えばもう少しうなじに色気が欲しい。香取姫は賢そうな美人でなかなか素敵だったけれど,手拭い撒きのときの無表情がちょっぴり勿体なかった。せっかく別嬪さんなんだから,ちらと愛敬見せれば籠絡されるんだが(役のままだからどんな雰囲気がいいのかなんともいえないけど。あるいはものすごく真剣に手拭いを撒いていたのかもしれない)。手拭い撒きといえば,謎めいたほほえみを唇の端にたたえてさっさか手拭いを投げつつ,するすると滑るように移動する菊之助たん(なまずな初音)ハァハァ。また,時蔵さん(小町姫)の撒きようは,さすが高貴な人が庶民に施しをする風情の微笑みであらしゃんした。


とまあそんな感じで,なんとも賑々しい国立劇場でした,と。前半だったのでプログラムが舞台写真入りでないのが無念。もう一回行こ……いやいや。