現実世界のミステリィ(本編)


先月25・26日の二日間にわたって行われた京都大学の個別学力試験において,試験時間中に試験問題の内容の一部がインターネットの掲示板に投稿されていた。その後,立教,同志社,早稲田の各大学の入試でも同様の投稿があったことがわかり,世間を賑わせている。


全国紙の一面に載り,大手検索サイトのトップページにニュース記事が載り,NHKニュースでも経過を含めて取り上げられている今,社会問題といった扱いさえ受けている。


世間の反応は様々だ。投稿の手法を考える人,犯人捜しをする人,犯人の動機や目的を考える人,試験会場での対策の甘さを指摘する人,他の資格試験などを例に今後の対策案を講じる人。話は1日でふくれあがって,そもそも今の入試問題が入試制度が日本の大学が云々というところまで大きくなっている。


カンニング問題そのものは太古より試験とは切り離せない珍しくない問題であるにもかかわらず,今回ここまで広く取りざたされる事態となった。その理由として,ひとつには「ネット時代のカンニング」という目新しい事象であること,もうひとつには,これが密室トリックを内包したミステリィであること,さらに,これは今日の昼間にTLで見かけてなるほどと腑に落ちた意見だが,極めて困難な状況で問題流出を成し遂げた精緻さとネット掲示板で解答を募る行為の緩さとのギャップ。


この一件は新本格ミステリィ好きの心の琴線にも触れるものがあるようで,知人の1人はとにかくトリックが気になると言っている。ほんかくな方々にとっては動機など二の次三の次である。もちろん社会的事象に関連させたり犯人のプロファイリングを行ったりする際には動機方面からの検証も有用だろうが,極論すれば動機は犯人にしかわからないし,時に犯人さえもよくわかっていない。そして,動機は科学的に証明することができない。


彼は幾つかの推理を試み,論理的には可能と思われる仮説も立てていた*1。その謎解きの途中に口を挟んで見解を述べても「それは○○だから無い」と簡潔明瞭に否定されるワトスンの心境かくや。同じ条件なのに自分にはさっぱり答えが分からない。「失礼ですがお嬢様,お嬢様の目は節穴でいらっしゃいますか」と言われているような気にさえなった。


ただ,その過程で強く感じたのは,今回の件はあちらが立てばこちらが立たない完全な密室トリックになっていること。だからこそ,これだけああでもないこうでもないと騒がれるのであろう。一時は大真面目に特殊能力の持ち主の可能性を考えた(今も少し考えている)。


ミステリィ小説やサスペンスドラマを見ていて,現実にこんなことは起こるまいと思っていたが,現実に起きるのだ。それもとんでもなく難しいヤツが。それなのに杉下右京は実在しない。


この事件の社会的な重大性についてはいったん置いている。けして事件をもてあそんだり軽んじているわけではないのだが,この事件が解決したとして,そのトリックを知ることができるかどうかは気がかりではある。人の噂も何とやらではないが,今これだけ話題になっていても,熱が冷めれば下火になってなんの報道もなされない可能性もある。問題解決そのものは内部で為されれば良いのだろうが,知らないままになるとすごく気持ち悪いなあと思っている。

*1:ただし,ほころびがあったようでその後「振り出しに戻った」と