11月吉例顔見世大歌舞伎@新橋演舞場


去年も11月に演舞場に行ってた。今年は1月の国立劇場の復活狂言(歌舞伎を観たとは言い難い)しか観られてなかったのでかなり久しぶり感。


国立といえば,来年の1月国立は菊五郎劇団さんの復活狂言ではない模様。どうやら先月の国立がそれっぽい演目だったみたい。そうと知っていれば。でもあれはお正月だから楽しいっていうところもあり。


顔見世と銘打ってはいるけれど,出演者は菊五郎劇団のいつもの面々が中心。その心は,七世尾上梅幸と二世尾上松緑の追善公演。出演者も演目も追善公演らしく,それは素敵なのだが,同時に「顔見世」を名乗るのは看板に偽りありな気も。

午前の部


勢いでチケットを取ったところ,びっくりするぐらいかぶりつきの席。花道なんて首が痛かったぐらい。間近で観るとまた違った楽しさがある。衣裳が生地の織り柄までよく見えるし,スカートの中(違)も見える。素足のときってほんとに素足なんだねえ。初っぱなから,わらわらっと花道奥から出てきて七三でトークしてるおひゃくしょうsの1人と目が合ってびびった。


午前の3演目はどれも一度観たことがあった。吃又は浅草の新春浅草歌舞伎で,勘太郎の又平と亀治郎のおとく。吉野山は組合せも同じだったけれどさっぱり忘れていた3年前の歌舞伎座。もひとつ宗五郎は同じ歌舞伎座で,菊五郎の宗五郎とおなぎの菊之助は同じ。三吉が権十郎丈だったのは観ているうちに思い出した。おはまが玉三郎丈,磯部の殿様が松緑丈。


義太夫狂言(もともとは近松門左衛門の作らしいけどそのままではないぽい)→所作事→世話物という典型的な構成ではあるんだけど,いっぱつめが吃又で最後が魚屋だとちょと華やぎに欠ける面は感じられたり。それなりにストーリーがあるから好きだけど。

傾城反魂香 土佐将監閑居の場


浮世又平:三津五郎,狩野雅楽之助:権十郎,土佐修理之助:松也,将監北の方:秀調,土佐将監:彦三郎,女房おとく:時蔵


現代人には当時の人々の感性はわからない。弟弟子が自分より先に名字をもらったという話を聞きつけてお師匠さんのところに乗り込んで「兄弟子の僕にも名字ちょうだい」「あんた何もやってないからダメ」「じゃあお姫様(違)守りに行く」「行かなくてよろし」「そんな……酷い……もう絶望した死んでやる」なのはあんまりじゃないか。そりゃ名字もらえなくても仕方ないし,別に意地悪しているわけでなし。


そして死ぬ覚悟で落書きしたら奇跡が起きた,という話。


感情移入はできまい。


おとくが,まあほんっっとによく喋る,実際にたんといそうな(気がしてしまう)おばちゃんで,しかし亭主の身は案じてるし亭主のこと好きなのもわかるし,そういう意味では感性が分からないなりにわかりやすい部分はあったり。これ,前観たときは亀治郎だったので,亀治郎だからけたたましいのかと思ってたけど時蔵さんでもけたたましかった。

道行初音旅 吉野山


佐藤忠信実は源五郎狐:松緑,速見藤太:團蔵静御前菊之助


松緑かわいい。大好き。下手側だったこともあって,松緑メインで観ていたのだけれど,とってもリズミカルでひとつひとつの動きがぴしっと決まってて小気味良い。


うにゅっとした口と,目頭しゅっとさせてるけどくりっとした目と,まんまるの顔と若々しい声も好き。うにゅ口から受ける印象が誰かに似ていると思ったら,近頃大リーグ挑戦を表明したどこぞの野球チームのバッターさんでしたよ。しょんぼり。

新皿屋舗月雨暈 魚屋宗五郎


魚屋宗五郎:菊五郎,女房おはま:時蔵,小奴三吉:松緑,召使おなぎ:菊之助,茶屋娘おしげ:尾上右近,丁稚与吉:藤間大河,岩上典蔵:亀蔵,菊茶屋女房おみつ:萬次郎,父太兵衛:團蔵,磯部主計之助:三津五郎,浦戸十左衛門:左團次


「おたふく娘!」!。


翌日おたふく娘さんの顔を見る度に前日の「おたふく娘!」を思い出して笑えて仕方なかった。アドリブ,です,かね?


おなぎちゃんが注文していたお酒を届けに来た丁稚の男の子,三吉さん(中の人がパパ)に美味しそうな酒だねと言われて,灘の生一本だからねといっぱしの口調で返す。お酒が好きだから酒屋に奉公しているんだと,どう見ても一桁年齢の子が大人っぽく言うあたりはほんとにかわいい。息子めー。かわいいぞー。


全体的には,吉本新喜劇もかくやのドタバタコメディ。倒れてきた戸にぶつかったりしたら完璧だろう。

午後の部


こちらはすべて初見の演目。想像していたよりもシンプルに面白かった。もっとむずかしい感じかと思っていた。

外郎売


外郎売実は曽我五郎:松緑,小林朝比奈:権十郎,茶道珍斎:亀三郎,近江小藤太:亀寿,曽我十郎:松也,大磯の虎:梅枝,八幡三郎:萬太郎,化粧坂少将:右近,梶原景時亀蔵,小林妹舞鶴:萬次郎,工藤祐経三津五郎


歌舞伎狂言に類似品が山ほどある,曽我兄弟のご対面モノのひとつ。


背景はよくわからないけれどもともかく曽我兄弟という兄弟がいて,父を殺した敵であるところの工藤さんをいつか討とうと虎視眈々と狙っている。そんで,手を変え品を変えして何かというと変装して工藤さんの前に現れて,変装してたはずなのに思いあまって手を出そうとして周りに止められて「今はその時じゃない,また今度」っていう流れになって幕。時代物(?)得意じゃないのであんまり見たことがないのだけれど,どうやらいっつもそんな感じらしい。違うかもしれない。


上演時間35分ぐらいと短いし,そのほとんどが外郎売の早口言葉披露で筋らしい筋はない。舞台上はモブ含めて人がぎっしり。その大勢の人達がひな壇上に並んで正面を向いていて,かわった隈取りの人もいれば傾城だかの俎板帯の方々もいらっしゃっててかなりカラフル。割台詞もあり,ちょっとしたギャグもあり,義太夫あり三味線あり。最後は綺麗に一列に並んであっちゃこっちゃ向いて締め。「歌舞伎」と言われて想像するようなティピカルな要素が盛りだくさんで,これは楽しい。


工藤さんとその部下達が外でまったりしてるところに外郎売が通りかかる。外郎外郎でもお菓子の外郎ではなく薬の外郎*1。それを呼び止めて「名前は?」「尾上松緑と申します」。


外郎売には早口言葉の言い立てがつきものだったようで,工藤さんたちが「ちょっと早口言葉CMしてみて」とリクエストし,外郎売さんがその場で早口言葉を披露する,という趣向。


早口言葉披露の前に一旦外郎売役の当代松緑丈の口上が入る。祖父と梅幸さん*2の追善公演に来てくださってありがとう,これからもがんばりますのでよろしくごひいきのほどを,とまあ煎じ詰めればそんなところ。


筋書の松緑丈コメントによれば,まだ当代若かりし頃に亡き二世松緑さんの工藤さんで外郎売をやったけれど,そのときは何もできなかったと。


早口の長台詞を毎日とちらずに客の前で言えるなんてすごいなあとひたすら感心して聞いていたけれど,きっと外郎売のせりふなんて物心つくころには体で覚えているんだろうねえ。早口言葉言える言えないっていう次元の話ではないのだろうなあ。


外郎売が早口でぺらぺらとまくし立て,珍斎さんが真似しようとして失敗して笑いを取る場面をはさんで,突如外郎売さんが曽我十郎に変身して工藤さんに斬りかかろうとする。そうこうしている内に花道から兄の五郎が出てきて「ちょっと待った」と弟を止める。事情を察した工藤さんが今後の自分の居場所を兄弟に教えて(いつでも襲いに来てね☆,ということらしい),幕。


歌舞伎十八番の内ということで,成田屋さんあたりでも見てみたい感じの。

京鹿子娘道成寺 道行より鐘入りまで


白拍子花子:菊之助 所化のみなさん:松也,右近,男寅,小吉,團蔵田之助,ほか


道成寺にやってきた花子さんが「ちょっと中で鐘を拝ませてくださいな」とオネガイして,所化のみなさんが中に入れる。「あの白拍子誰かに似てね?」「今演舞場に出てる若手人気ナンバーワン俳優の尾上菊之助にそっくりじゃんね」というやりとり。「ナンバーワン」を振り付きで客席目線で宣言なさる田之助さん素敵。


境内に移って背景は満開の桜。長唄(?)連中の裃も背景に溶け込むように桜色の地に桜の花柄。


その舞台で花子が衣裳と小道具をチェンジしながらひたすら踊る。黒地に枝垂れ桜,赤地に枝垂れ桜,淡い紫に桜,鴇色に桜,鬱金色に火焔太鼓,白地に薄い緑っぽい柄。帯も花の丸紋みたいなのからあれこれ。銀色の冠にお花のついた冠。小道具は赤い傘,鈴太鼓,鞨鼓,扇。


まりをついている様子のところなど,中腰のままするするーーっと水平移動していて客席から拍手。後ろ頭が床に付きそうなほどの海老ぞりにも拍手。


しかし,所化(お寺にいる下っ端のお坊さんたち)のみなさんが花のついた傘を持ってラインダンスっぽい踊りをする場面などもあり,どこまで真面目なのかわからない。


最後は白蛇さんっぽい雰囲気で鐘の上に上って幕。

梅雨小袖昔八丈 髪結新三


髪結新三:菊五郎,手代忠七:時蔵,下剃勝奴:菊之助,白子屋娘お熊:梅枝,家主女房おかく:亀蔵,加賀屋藤兵衛:権十郎,車力善八:秀調,白子屋後家お常:萬次郎,家主長兵衛:三津五郎,弥太五郎源七:左團次


珍しく時蔵丈が男性の役。顔がよくて優しそうで物腰も人当たりも柔らかで,きっと若い女の子にはもてるんだろうけれどちょいと小心者で頼りない手代の忠七さん。


このお話,登場人物に女性が少なめ。お常さんは最初に出てくるだけだし,おかくは……きっとギャグ要員。メタギャグじゃなくても存在がギャグなのが亀蔵さん。


ヒロインのお熊ちゃんは,お化粧姿がかわいい梅枝丈。黄八丈の振袖に黒繻子の半襟(かけ襟?)。髷のとこのピンクの絞りもかわいい。


材木問屋の白子屋,それなりの大店だけどご主人が亡くなってて借金もあり経営は苦しめ。そこに持参金付きのお婿さんの縁談があって,お常さんが乗り気。でも娘のお熊ちゃんは手代の忠七さんと密かに恋仲だから結婚はしたくない。


という事情を知った出張髪結いの新三が,忠七をたぶらかして駆け落ちを勧める。忠七は口車に乗せられて駆け落ちするのだけれど,別行動を取っている間に新三が悪人の本領を発揮して忠七をのして,お熊ちゃんを自宅の長屋に誘拐してしまう。身代金目当ての誘拐。


誘拐してきたお熊ちゃんは縛って戸棚に放り込んでおいて,そこに解決せんとやってくる自称「そのへんの顔」の弥太五郎源七さんをやり込めちゃったので,今度は長屋の大家が出てくる。


長屋の大家は白子屋から身代金というか物事を納める代金として30両巻き上げ,新三との口八丁対決を制してお金で解決。お熊ちゃんを無事に家に送り返したところで,新三を言い負かし&言いがかりをつけて15両分(+滞っていた家賃2両)をピンハネし,13両を新三に渡す。長屋を治めるひとかどの人物かと思いきや,ただの強欲大家。


腑に落ちない。そもそも騙して誘拐して脅して(?)手に入れているお金なので,さらに腑に落ちない。新三も腑に落ちないとごねていたけれども,そこへ大家の留守宅に泥棒が入ったと連絡が入って大家は慌てふためいて帰っていき,強制終了。後日,源七さんが復讐しに夜道で待ち伏せして襲いかかって斬り合う,そこで,突然幕。


ということで,話はかなり荒唐無稽で無理矢理感に充ち満ちていた。けれども,このお芝居もおそらく主眼はストーリーではない。


前科者で人別帳にも載ってないことを自慢してる新三さんは,悪事で儲けようと企む悪い人なんだけど,髪結いの腕は良いらしく人気はある。ちょっと悪い人かっこいい,な感じ。


そして,江戸の庶民の暮らしの様子が生き生きと描かれている。実際に見たことはないから本当に生き生きとしているのかどうかはわからないけれども,たいへんそれっぽく見える。髪結いの様子(片方だけたすき掛け),初鰹を売る魚売りと鰹の解体ショー,屋台(というか流しというか)の蕎麦屋,盆栽,キセルで一服,道具を手入れしたり鰹の刺身を作ったり客にお茶を出したりする菊之助さん。


生世話狂言は1つめの外郎売とは正反対で,ひたすらナチュラルに普通にお芝居。舞台の上は三次元,1人の人が話している時に他の人が動く。浄瑠璃ではなく登場人物の会話主体で話が進む。黙阿弥得意の七五調の「芝居かかった」言い回しではあるけれども,言ってる内容はわかりやすいし,聞き取りやすい。


衣裳もメイクも時代劇でみる江戸時代と同じ感じで,時代物のようなお約束の隈取りとか歌舞伎十八番だから十郎の裃の紋は成田屋(その下に着てる長着の紋は違ってた)とか,そういうのもない。荒唐無稽だし無理矢理だけど,一応ストーリーもある


品行方正の優等生よりもちょっと素行不良な方がかっこよさそうに思える錯覚というのはあるもので,忠七さんよりはならず者の方々の方が素敵に見えるよね。お近づきにはなりたくないけど。新三の弟子という勝奴が,お芝居の中では髪結いの弟子らしい様子はみられず新三の身の回りの世話係のようだったけれど,これがまた,かなり柄が悪そう。口も悪い。新三と親分なり大家なりがやりあってるときに,お勝手の隅っこに控えてるんだけど,いつでも飛びかかれる体勢で,しかもにやにやしてたり。こわいよー。


菊之助さんは女の子派だったけれど,チンピラの若者も大変おいしゅうございます。おなぎちゃんよりも,ひょっとしたら花子よりもいちばん色っぽかった(え)。脇役は存在感の出し具合が難しかろうと思いながら,ついついお勝手の隅っこばかり見ていた。目尻をぼってりさせるアイメイクがけしからん。

*1:お菓子の外郎は演舞場の売店で売っていた

*2:おじさんとおにいさんの使い分けがよくわからない