ボーナスステージの卒業式


去年12月の全日本インカレで,これが最後と覚悟して充実した観戦を全うしたはずだったのに,試合に出ると知ってしまってふんぎりがつかなくなった。Vプレミア男子8チーム東京大集合をほったらかして,往復の交通費で東京体育館のスタンド自由席当日券代金におつりがくる遙か埼玉県北部まで行ってしまったのがさきの土曜日のこと。


Vリーグ準加盟申請が通った千葉ゼルバとアザレア,VC長野も気にはなっていたから,たったひとりの選手だけが目当てだったわけではないんだけど,彼を含む内定選手達が最大の動力源だったことはたしか。「ひとりで行くのなんて無理」とチキン発言を繰り返しながらも,自分が行けるのは埼玉しかなかったので,腹はくくっていた。


実際には鴻巣の駅を降りてバスを待っている段階から知った顔がひとりふたりさんにんしていて,全くひとりぼっちじゃなくて,笑ってしまった。とても心強かったです。取って喰われるようなリーグじゃなかった。よかった。


地域リーグ(で通しますよ)でも,内定選手がわさわさもりもり試合に出ている。大学リーグで見知った選手も少なくない。


ただ,その「内定」の意味するところは,Vリーグ特にプレミアのそれとはたぶん少し違う。そうじゃなかったら,次シーズンでもよかったのだ。なにも夢の東体大集合をぶっとばさなくても。去年6月に国体都予選の裏でやっていた旧関実(勝ち上がればそのあとの8月の全日本6人制実業団選抜なんちゃら)とか,7月の天皇杯都予選とか,調べればいくらでも大会はある。ありがたいことにいちばんの目当てさんは東京のチームだし,実業団界隈ではそこそこ強い。次年度の地域リーグの東京開催を期待する手もあった。


でもな。


そのあたりの事情に詳しい人達が言うところの,内定のときがいちばん動けている,という話もさもありなんではあろう状況だから,動けているうちに観ておきたかったというのがひとつ。


当の本人が引退しましたと公言してはばからないのだから,いくら傍目に「続けて」いるように見えても,彼のなかではもう終わったんだと思う。その残り香を嗅ぎに行くのだ。


白いユニフォームの視覚効果もあいまって,ちょっとぽわっとして見えた。試合が始まってすぐは,打点の低さが気になった。もともと高いほうではなかったけれど,全体的に切れ味が鈍っている。それまで毎日トレーニングしていた人間が引退して,大学卒業も決まって残りの学生生活を謳歌している真っ最中だから,そこは推して知るべしでしょう。セットカウントが進むにつれて,だんだん動けるようになってきた。


何をしてもかわいいのよ。ほとんど経験がなかったであろう線審の慣れない仕草も。


一緒に観ていたかわいいJDと試合後にごはんを食べた。語れるというのはよいものだ。中高生時代の女友達とのきゃっきゃうふふトークと何一つ変わらない,ほんとうに他愛もない話をたくさんした。顔がよくて頭もよくて背が高くてスポーツが得意できっと家族からも愛されていて,礼儀正しくて人当たりがよい,そんな素晴らしい人がこの世の中に実在するなんて奇跡だよね,とか,そういう類の。


そして,彼女が言った一言が胸に刺さった。これはボーナスステージだから,と。


「チームの入団が内定している」というよりも,「そのチームを持っているカイシャへの入社が内定している」という表現のほうがたぶん正解。事情はカイシャや人によりまちまちだろうけれど,自分の新人時代を思いかえすにつけても,環境がかわり生活がかわり,自分の興味関心もかわった。生活時間の面でもしばらくは仕事でいっぱいいっぱいだった。とくに2〜3年目がきつかった。


うちみたいな小さなカイシャでさえもそうなのだ。まして,誰もが知ってる一部上場のでっかい企業で,プログラムに載っている選手名簿の出身校が早慶MARCHに一橋しかないようなチーム。わたしには推して知ることもできない。


去年の12月で終わっていた話で,今はボーナスステージ。このボーナスステージが来年度も存在すると断言できない。それがふたつめ。


これが本当に見納めになるかもしれない。だからってなにか特別なことをしたわけではない。いつもどおりぬるっとスタンドに陣取って,線審姿ににやにやして,試合をじとーっと観て,試合後しばし柱の陰からねっとり観察したあと,ごはんを食べて帰ってきただけだ。


でも,それで満足した。


この先もプレーを観る機会が得られればそれは嬉しいことだけれど,少なくとも,今までと同じプレーは観られない。違いは観戦頻度だけではない。


一言で言えばぬるかった。個々のジャンプ力とかキレとかの問題ではない。「ぬるい」ってこういうことかと得心したくらい。良い悪いじゃなくて(そういう雰囲気は嫌いじゃない),ただ,今までとは全く違う世界なんだと試合を観て感じた。


3月1日。大学によっては送別会や引退試合が行われていたこの日,わたしは12月につけきれなかった気持ちの区切りをつけに行った。


去年のVプレミアセミファイナルも自分の卒業式の気持ちで豊田に行った。この先も続けることはわかっている状況で,それでも3月の終わりに一区切り,線を引いた。


今年は12月に線を引かなければならなかった。わかっていたけれど,そのあとちょいちょいはみだしてしまって今に至っている。


観に行ってよかったと思う。これからも,はみだせるものならはみだしたい。でも,はみだせなくても悔いはない。


順風満帆の人生を応援することしかできない。ここで言う応援は,ほんとうに何もすることがない。社会人として会社員として活躍するであろうことを,仕事に邁進するであろうことを,心の中で喜ばしく思うだけだ。セット販売されちゃえばよかったのにとぐずぐず言うくらいは言ったっていいだろう。口では未練がましくいろいろ言うけれど,不思議と,寂しくない。


若者の前途洋々たり。