猫の尻を追う


ちょうど1年ぐらい前から,ごくごくまれに我が家に猫がやってくる。


夜帰宅するとアパートの外階段の麓あたりにうずくまっているか,もしくはちりんと鈴の音をさせてどこからともなく現れ,わたしが階段を上るのにあわせて一緒に上ってくる。そして玄関ドアの前で座って,扉が開くのを待つ。


最初のうちしばらくは,家の中に入られるのは困るからとドアに挟まないように気をつけて閉め出していたのだけれど,そんなことが何度かあったある日,たまたま夫が来ていたとき襲来を受け,彼は家に招き入れてしまった。


大人しい子で,すんすんと鼻を鳴らしながら狭い室内をほてほて歩いてチェックしたのち,掛け布団の上だったかベッドの下だったかに丸くなった。


それだけで,何をするでもない。さすが猫。とくに困ることもなかったので,それからは自分ひとりのときでもドアを開けるようになった。


わたしが隣でごはんを食べていても何もしかけてこないし,高いところに跳び上がる気配もない。来はじめた当初はそこそこ頻繁に来訪し,小一時間寝て帰っていくこともあった。さすがに夜遅くに来て寝息を立て始められると自分が寝てしまったらどうするんだろうと心配になって,「もう帰ろうね」とお願いしたこともあったが,どこまでも気ままなので人のいうことはきかない。


帰りたくなったら玄関のドアの前に座って,雰囲気で「開けろ」と主張する。しばらく気づかないでいると,小声で「みゃあ」と鳴く。


しばらくは,どこから来ているのかもわからなかった。首輪をつけていて毛づやも行儀も良いから,現在進行形でどこかの家の飼い猫であることは察せられた。そのわりに寒い真冬の真夜中に外をうろついているので,たいそうな不良猫だ。きっと家に猫用出入り口があるのだろうとは思うものの,よそさまの飼い猫を無断外泊させるのはさすがに躊躇われる。


そうこうしているうちに,偶然飼い主が判明し(幸い近所だった),やれ一安心,これで心おきなくお迎えできると思ったあたりから逆に,訪問頻度が下がっていった。


わたしの無関心な態度がお気に召さなかったのか,深夜の長居をお断りしていたのが居心地悪かったのか,どうやら高いところが苦手らしいのにベランダに出ちゃって困り果てた事件があったからか,それとも別の理由があるのか,次第に足が遠のき,たまーに来ても中をさっと巡回してさっさと帰るようになっていた。


そして秋が来て冬が来るころには姿を見かけることも稀になっていた。


なんか,前振りだか本文だかわからないな。


そんなこんなで,最近見かけないことを寂しく感じていたところ,暮れごろに久しぶりに唐突に「ちりん」という音と共に姿を現した。しかし,しばらく見ない間に別猫と疑うレベルに太っていた。丸くて短足でかわいいんだけど,同一猫かどうか自信がもてない。「開けろ,入れろ,うむ,帰る」の態度からするときっと同一猫なんだけども,性格もちょっとだけ変わった気もする。


そんで,昨日深夜(未明)に復帰後2度目のご訪問を受けたので,夜中の1時だというに(油売ってた)コートを着たまま鞄だけ放り投げて本棚に突っ込んでいるカメラをつかみ出し,突然のでぶ猫撮影会となった。


ふだんちっとも構わないくせに急にカメラ片手に追い回されても困るのだろう。顔を向けてくれない。たいていお尻を向けてごそごそしている。こっちはせせこましく散らかった(背景として最悪の)家でそれを追いかけながらときに這いつくばらんばかりであった。


玄関の靴脱ぎで上を見上げてたたずむ猫を前に「三分割構図が……」とぶつぶつ言いながらシャッターを切り,そしたらこっちを向いたので「おっしゃあ!」と心の中で喝采を上げたら,「みゃあ」と鳴かれた。


こちらを向いた顔は,ものすごく,身近に猫がいたことがないわたしでさえもわかるぐらいにわかりやすく「何しよるねん,はよドア開けろ言うてんのやごるぁ」という不機嫌な表情だった。


ごめんよぅ。


懲りずにまた来てくれるかしら。しょんぼり。


なお,標準ズームレンズで撮影した写真は,当然スマホでとろうとしていたころとは比べものにならない鮮やかさで,むっちりした短毛の身体の体表のたるみ(むっちり)やら毛のまだらぐらいまでわかるぐらいに無駄にクリアなのだが,いかんせん,そっぽを向かれ続けたため,むっちりした背中ばかりになってしまった。ううう。