二月大歌舞伎夜の部@歌舞伎座


「ひらかな盛衰記 源太勘當」「籠釣瓶花街酔醒」「浜松風恋歌」


「籠釣瓶花街酔醒」の菊之助の兵庫屋八ツ橋を観たかった。2月の土日はたいがい予定が埋まっているので,平日に午後休を取って行ってきました。16時半開演だから,午後休でちょうどいいかんじ。毎年1月から2月下旬までは一年の中でも業務量が落ち着いている時期で(今年度は11月下旬から落ち着いているので,夏から秋にかけてのしんどさとバーター),今月は有休を取りまくる野望。


行くかどうか直前まで決めかねていたのでチケットの状況は前夜に確認して当日の昼休みに取ったんですが,前日夜時点で3階AB両方空いている。もちろん一等も二等も空いている。


たいへん幸運なことに3階最前列に空きがあったので,そちらで。花道七三がぎりぎり見えて6000円。お買い得すぎる。ここのところ奮発することが多かったので3階はかなり久しぶりでした。少なくとも新しくなってからは初めて。そりゃあ1階前方の一等席は素敵だけど,如何せんお高い。3階なら3回観られる。演目のうち目当てが1つあれば(幕見気分でも)いいかな,という気楽さ。


観に行く側にとってはありがたいことながら,3階なんてまず空いていないという感覚でいたので,土日でも空きがあるのは寂しいし心配。1月のように都内複数の劇場でかかっているのならわかるんだけどそんなことないし,播磨屋さんも一緒なのに。このところ大きな襲名が続いているのも,話題をつくって客を呼びたいのかな,なんて。歌舞伎座の新築景気も一段落した,というところかしらん。


3階の西ロビー(廊下)に「思い出の歌舞伎役者」のコーナーがあり,そこに勘三郎団十郎三津五郎が名を連ねているのが残念でならない。そうなの。役者さんが足りないの。寂しいの。とくに,今日の「籠釣瓶花街酔醒」は前回上演が2012年12月(歌舞伎座休館中)の新橋演舞場で,そのときは繁山栄之丞を三津五郎が演じた。そのあと三津五郎が踊った「奴道成寺」で手ぬぐいをいただいたので印象に残っている。


そのとき「籠釣瓶花街酔醒」がおもしろかった(という表現はどうかと思うが)記憶があったので,今回観ようと思ったものだし。


なにが言いたいのかよくわからないけれど,今回の菊五郎の繁山栄之丞が悪いわけでは全然ないし,吉右衛門の佐野次郎左衛門はほんとうに素晴らしかったので,今回の配役でいいんだけれど,でも,三津五郎はもう二度と見られないんだとその不在を強く感じた。偶然だけれど,わたしの数少ない歌舞伎観劇において三津五郎を観た回数が少なくない。この先も,いろんなお芝居のいろんな役で「前に観たときは三津五郎がやってた」と寂しく思うのだろう。

「ひらかな盛衰記 源太勘當」


「逆櫓」はよくかかる。観たこともあるかな,ないかな(筋書だけ持ってるパターンかも)。義太夫狂言。ただいま絶賛NHK木曜時代劇「ちかえもん」に夢中なので,義太夫聴きたい欲が高まっていた。(ちょうど今月国立劇場文楽やってるんだよなー。でもあっちこそチケット取れないんだろうな)。


例によって,イヤホンガイドは義太夫にかぶせてくるのが好かん,しかしイヤホンを外す勇気が出ない(外すとわからない)のが歌舞伎の義太夫の辛いところ。文楽なら字幕出るんでね。字幕を観ればわかることでもヒアリングは難しい。


時代物ながら「ごめん,なんでそう思うのかさっぱりわからん」という筋でもないし,人が(あまり)死なない。横須賀軍内の「ぐんない」もおもろい。ハッピーエンドなのも(次の演目がアレなだけに)ありがたい。久しぶりに錦之助を観たけど,「ヤな弟」感が満載でよかったです。秀太郎の延寿もよかった。


このあとの幕間が30分。2階の売店でパニーニを食べた。その場で焼いてくれたのでけっこう待ったけれどおいしかった。単品500円,コーンスープとセットで800円。この幕間までで売店が閉まっちゃうのはいかがなものですかね。5時台はまだおやつの時間ですもの。しかもその30分でご飯を食べてお土産もみるのは無理ですよ。演目単位でぶっ通しにせずもう少し幕間に休憩入れてくれてもいいような,いやでも16時始まりは辛いような。結局終演後に帰り道にがっつり晩ごはん食べちゃった。

「籠釣瓶花街酔醒」


播磨屋さんが素晴らしかった。田舎商人の純朴で善良で穏やかな,田舎らしい上品さがすごく感じいい。感じがよくて郭の皆から好かれている上客,というのがすんごいわかる。


八ツ橋の愛想づかしがほんとうに酷で,縁切りの場はあれだけ長い時間あれだけの人の前であんな酷い目に遭うなんてどんだけ辛かったことか。結局次郎左衛門は4か月ずーーーーーーーっと抱き続けた恨みと憎しみをああいう形で晴らすことになるんだけど,もとから悪いことする人だったわけじゃなくて,福岡貢みたいに妖刀に捕らわれたわけでもなくて,人ってあまりに辛いことがあると変わってしまうんだろうなあと。4か月の間でなんか育ててしまったかもしれんし。


お話としてはツッコミどころも多々あって,栄之丞から愛想づかししろと言われてそれを承諾したところがいまいち説得力がない。現代人への説得力なんて必要ないんだが,どうしてこうなっただし,どうしてあそこまで酷いことできるんだと。八ツ橋本人が苦しんでいるにしても。


身請けされて恋人とわかれるのが耐えられなかったということなのか,ちがうのか。身請け話は本人の意志確認なんてされなくて阻止できないものなのかもしれんけども……間夫に仕送りするお金はあるんだから年季はあけてるのか,よくわからん。それにしたってやりようはあろう。馬鹿だ。


そして縁切りの場で二度と来るなと言ったにもかかわらず4か月語に現れた次郎左衛門のもとに「その節は申し訳なかった」と出て行くわけでしょ。それは周りから「謝りにいけ」って言われたというのはわかるんだけど,「また一からやり直しましょう」ってアリなの? 吉原システムほんとに謎。そして,そのときの八ツ橋が島田髷(?)なのは何故。


みたいな話はとりあえず棚の上にあげておいて。


梅枝の九重も素敵だった。ほんとうにあの子はかわいい。縁切りの場で皆が出て行ったあと,淡々と次郎左衛門の身支度を手伝い,去り際にそっと袖を引く優しさが切なくてたまらん。新悟丈の七越も素敵だったし,米吉の初菊もかわゆかった。


序幕の,吉原仲之町見染の場の花魁道中とか,話がダークサイドに落ちる前の八ツ橋部屋の賑やかな様子とか。真面目に吉原を考えるとしんどいけど,舞台が華やかで着物があでやかで,そりゃあもうわくわくするよね。九重の黒地に鳥の模様の打掛(?)がため息が出るほど素敵。

「浜松風恋歌」


お口直し,という感じの所作事。籠釣瓶で切りになって東銀座に放り出されても困る。時蔵(海女小ふじ)の赤の振り袖と帯がかわいい。赤姫御用達の赤い振り袖の柄は海バージョン。帯は意匠化された波と海藻模様。髪かざりもきれいだった。引き抜きでお着替えしたあとのたまごいろのも綺麗だった。眼福。


松緑かわいい(はいはい)


そんなかんじで。とくに「籠釣瓶〜」は,静まりかえる客席とともに生み出される場の緊張感もそれをつくっている役者さんたちもほんとにすばらしかったので,空席いっぱいあるのもったいない。