歳月を経て(東部決勝リーグにまつわる懐古から結局はいつもの自分語り)


思いつくままに。


今年参戦したSafilva北海道に,東海大学札幌校舎OBの河西がいる。


サフィルヴァのトップチームが活動を本格化したころから,メンバーのことはちらほら目にしていた。東京ヴェルディで1シーズンプレーしていた笠原が入っていて,自身のTwitterでチームの活動の広報をしているので。今大会の第1週札幌大会に行った人からパンフレットの名簿部分を見せていただいてもいた。


だから河西がいることは知ってはいたのだが,いざ実際に目の当たりにして,「うおおお,ちひろー,おれだー」とよくわからない気持ちの盛り上がりがあった。


河西は笠原の大学時代の同期で,3年次と4年次に主将をつとめていた。


当時の札幌校舎には思い出が多く,少々思い入れが強い。


今回彼のプレーを観たのが大学4年次以来かどうかはっきりしないのだが,記憶にないのでそれ以来だったのだと思う。笠原は東京にいた。下級生組の一刀は近いところで去年のIDF。奥田はサンガイア。セッターの山本も,本人はそれきりだけれど日体大にいた弟を通して常に存在感を感じていた。


河西の弟も,法政大に進学した。


そうやって周辺の事象とは繋がりがあったのだが,彼自身のプレーを観るのは,たぶん久しぶりだった。


この土日に撮った写真を確認していたら,たまたま左手の薬指に指輪が光っていた。外れないのではとかそういうことはどうでもよくて,2012年の夏きたえーるで東日本インカレの選手宣誓をしたちひろが,6年近くの歳月の間に結婚して少々ふくよかになって,そして今また違う色のユニフォームを着て目の前でプレーしていることが,感慨深かった。


巧いな,そういえば昔から巧かったな,と懐かしく思い出した。2012年の全カレでは8掛けで湘南校舎と対戦した。2013年の全カレは中央大を破ってベスト8に入った。2012年も13年も,心の底からめいっぱい応援した。気持ちだけ。


あのころはあのころで,今は今だ。あのころを思い出しても仕方ないしあのときと同じでもない。ただ,学生が卒業して引退しても,そのときすぐに自分が見られる場所でプレーを続けることがなくても,いつかこうしてまた見られる日が来るのは,悪くない。懐古趣味を多分に含んでいることは否定できないけれど,一方で,今は今で,今のチームと今のプレーを楽しめるのだから,悪くない。


この,6人制の長い名前の大会は,自分にとっては「あのころ」がつきまとう。そればかりではないしそういう扱いをするのは相応しくないと思うのだが,心情的に,あるいは観戦の動機として,その要素が大きい。


初めて観戦した2013年度(2014年)の第4回大会から丸4年経った。今年の第8回大会で観戦5回目になる。2014年の年明けは,ちょうどカメラを買ったころだった。おそるおそる君津の(暗くて寒い)体育館に足を踏み入れ,観客席とフロアを遮る緑のネットにピントを奪われた。


毎年1週2日ずつ。ずっと観てきたと言えるほどのことは何もない。4回目だった去年の3月,これでもうこの6人制の長い名前の大会に行くことはないだろうと思っていた。そこまでのモチベーションが維持できないだろうと。


でも,結局今年も観に行ってしまった。日程と会場の都合が良かったからこそではあるものの,要するに4年前と同じルートで池尻に行き着いた。


池尻の体育館は明るくて比較的暖かかった。そして,観客に若いお嬢さんが多かった。このカテゴリの観客席は選手の知り合い(同僚,友達,家族)がほとんどなので,選手と同世代(=若い)人が多いのだが,身内ではなさそうな若いお嬢さんも少なくなかった。具体的に見知っているわけではないけれど,なんとなく大学バレーの会場でご一緒していそうな。おそらくは,大学バレーで観ていた今大会の内定選手を観に来た人たちが。


心の中で「うわああああ」って叫んでた。それ,そのまんま4年前の自分だもの。すでに若いお嬢さんではなかったけれど。


そうだよね,そうなるよね。


大会の存在は知っていても,興味があっても,いざ自分が観に行くとなると,初回はそれなりに大きなエネルギーが必要になる。「気になる,興味がある,いつか機会があれば観てみたい」と実際に観に行くこととの間は,小さくない。


それを飛び越えさせる力はやっぱりそれなんだろうなあ。他もあるよ。あるんですけど。なんかね,当時,言われたらしいからね。ファンが多いとか客を連れてきたとか。まあそうですよね。すみませんねえ。


4年前わたしに東京湾を渡らせた張本人は既にチームにいない。チームの入れ替わりも選手の入れ替わりも激しいカテゴリだ。一周して,もう自分は行かないだろうと思いながら結局今年も観に行った。たぶんあの子がいるから,もう少し観ていたいから,名残惜しいから。そんな理由で。


4年前ほど強い気持ちがなくても,初めてじゃないから小さいエネルギーで動ける。大会自体の楽しさも体感している。観に行けば行ったで新しいチームや選手との出会いがあり,面白い試合がそこにある。去年までのような熱量はなくとも,途中のローカル大会は全部すっ飛ばす程度の関わり方でも,自分の楽しみの幅が広がることは悪いことじゃない。


4年前に,ここを,ふろくかおまけか,と思っていた。いつサスペンデッドするかわからないアディショナルタイム


その間,大学時代のそれが継続するわけではない。激減する練習量が如実に出る選手も少なくない。そして,生活が変わり,環境が変わり,確実に歳を重ねていく。1年に1度観るか観ないかになる選手たちは,ふと気付けば顔立ちがぐっと大人っぽくなている。


大学生もほぼ大人(成人)なので,大人びたと言うのは正確ではない。このへんの世代で今も細々と連絡を取り合っている知り合いはことあるごとに自分のことを「おっさんになった」と言うけれど,「おっさんになった」は少々言い過ぎで,頼もしくなったとか,貫禄がついたとか,そういう方向。20代前半と後半との差なのか,働き始めて3年ないし5年ぐらい経ったことでの変化なのか。ちひろも笠原もそうだし,ぼんずの秋庭や加口をみて,そういうことを考えていた。


一方で,1年ぶりに見かけてもまったく変わらない人もいるので,それはそれで驚くのだけれど。


彼らの顔つきが大人になっているぶんだけ,自分も歳を重ねている。自認している自分の顔と客観的に見た自分の顔とではずいぶん違うのだろうな,と思う。自分の顔は毎日見ているから変化に気づきにくく,年齢(外見の加齢)を自覚できていない。


近頃,たとえば試合を観るスタンスだとか,感想を言うときの振る舞いだとか,頻度は多くないにしても選手への接し方だとか,の,自分の年齢(受け手が抱く印象)とのマッチアンマッチがわからない。もとからわかってないけど,変わるべきなのかそうでなくていいのか。今のようなややディープな観戦行動を取るようになったのは30代前半のことで,いつまでも同じ見方でいるつもりでも実際そうじゃないかもしれないし,相応しい表し方を考えて変えるべきではないか,じゃあ相応しい表し方ってどんなんなんだ。


そういう益体もないことをつらつら考えている。答えは出ない。歳を重ねたところで自分の根っこはかわらない。よくわからない。


よくわからないけれど,根っこがバレー(プレー)好きな人は,続けててほしいと思う。勝手な願望だけれど。諦めなければいつかどこかでまた観られるかもしれない。それはただただ懐かしいだけじゃなくて,そのときの今現在を観たいので。