「私的」という漢字二文字の並びを

「シテキ」と読むと private の意で用いられることが多いようですが,「ワタクシテキ」或いは「ワタシテキ」と読むと,やや異なるニュアンスに受け止められるように思われます。


ワケ(訳)と言えば,今日届いた母親からの手紙に「くずし字が読めない様ですね。/無理をなさらなくてよろしくってよ。」と書かれてあって,彼女は,あろうことか,自分で書いた漢字仮名混じりの文をすべて,段落ごとに,ほぼひらがな100%にして楷書にて書き直してくださっていた。わたしは,彼女の<くずし字>を読めないと言ったことは一度もなく,ただ<字が汚なすぎて読めません>と何度か伝えただけで,だから,本人も少しは丁寧に書こうとしたらしい今日の手紙は,わざわざひらがなで書いていただく間でもなく難なく解読できたのだけれど,その前に,どうして楷書の漢字仮名混じりではなくひらがなで書くんだ。それではくずし字解読の練習にすらならないじゃないか。意図不明。


で,えぇと,それはともかく,わたしが思いっきり首を傾げたのは,「優しい桜の季となり」で始まる漢字仮名混じりの手紙文がたらたらと続いた後,突如「ここまでの訳を致したく思い万須。」と書かれて改段落が為され,「やさしいさくらのきとなり」云々と先の段落をと全く同じ内容の全ひらがな書きの文章がたらたらと始まっていたことだ。何が始まるのかと思ってまず驚き,次の瞬間,母は気がふれでもしたのかと(差別的表現)。えぇ。意味を理解するまでに数瞬を要しましたが。わかれば何のことはないんだけどさ。それは<訳(やく)>とは言わないだろう。


身内暴露はこれぐらいにして話を本題に戻して。


この「ワタシテキ」を用いた「ワタシテキには○○」という表現(人称代名詞部分可変),近頃口語ではかなり頻繁に耳にするようになった。少し前にかなまるに,この「ワタシテキ」ってのは何なんだろうね,と持ちかけてみたらば,彼の意見では “in my opinion だよね。”と。なるほどー。


わたし自身はそんな舌の縺れそうな表現は口語でもあまりしていない(自覚的には)のだけれど,逆に書き言葉では全く同じ意味合いを意図する表現として「個人的には」を多用している。「個人的には」にしろ「わたし的には」にしろ,主体が明確でさえあれば省略可能のはずで,これが付け加えられる意図は,「あくまで主観的な感想・見解なので,正しいかどうかとか他の人がどう思われるかとかはまた別ですよ」というある種の責任逃れを強調したい点にあるように思われる。


「わたし的」にしろ「ぼく的」にしろ「俺的」にしろ,割と新しい表現だと思うけれど,これを使わずに,且つ,責任逃れニュアンスを省略もせずに表現すると,「わたしの個人的な見解では」といった感じかしら( in my opinion だからね)。「個人的に」ではなく「わたし的に」と代名詞を入れることで,「○○の」の部分が省けるのは,表現として進化した形と言えるだろう。つまり,「わたし的にはOKだけど彼ママ的にNG」といったスマートな表現が可能になったということだ(あくまで例文です,念のため)。


しかし,いったいいつから日本語はこういった英語的な構文を多用するようになったんだろうね(いつからも何も近代以降だろう)。正直なところ,耳慣れない表現であるところの「わたし的に」を耳にすると背筋がぞわわわわっとするのだけれど,仮に「個人的に」が正しくて「わたし的に」は正しくないというのなら,「個人的に」だって,「日本語本来の構文ではないから日本語として正しくない」という意見も出てきうるのではないかしら( individual とか personal とかの訳っぽくありません?)。上に挙げた例文だって「わたしはいいと思っているのだけれど,彼の母親は良くないと思っている」と言えばそれで充分だろう(長いけど)。


そもそもこの「的」ってのが,非日本語的。英語の「-tic」の訳語か,或いは近頃では中国語の「-的」が示すところの所有格の助詞か。割と古くから日本語に定着している語句(表現)もたくさんあるけれど,それにしたって前者は明治時代の造語だろうし,後者は……ごめんなさい。いずれにしても,近頃は,接尾辞だけが単独で日本語の接尾辞として独立し,色々な語句にはりつけて使われるようになっているように感じられる。だから「わたし的」という語句が新しくできたというのではなく「○○的」という表現が横行するようになった結果(派生)としての「わたし的」であろうと。


何が言いたいのかよくわからない文章ですが(いつものことですが),要するに,理屈では便利な表現であることが理解できてよかったわ,ってことで,でも感情論として,わたしの前で「わたし的」と言うとわたしは三歩ぐらい引くでしょうという話でした。でもわたしも知らない内に使っているかもしれません。怖い怖い。(23:29)