「こどもメガネサロン あんふぁん」に関する補足


元ネタはかなまるんとこのコメントよしき氏日記参照。


日曜日,新宿西口の某百貨店のエスカレータをたらたらと利用していた折り,エスカレータ脇のスペース(通路とエスカレータの間)に「こどもメガネサロン あんふぁん」なる文字がでかでかと掲げられていた。


「こどもメガネサロン」。その名前が既にヤヴァイ。辺りを見渡すと,どうやら子供服のフロアらしい。サロン内には,小学校中学年ぐらいと思われる女の子の姿がちら見え(幻視かも)。


この百貨店のメガネサロンは6Fの宝飾・時計・呉服売り場の並びにあって,足を踏み入れるのに勇気が要る人気のない界隈ではあった。だからなのかなんなのか,子ども向けのメガネサロンを別に設けているようなのだ。


わたしが生まれて初めて自分用のメガネを作った(作ってもらった)時は,眼科医の診断書だか紹介状だかを(母親が)握りしめて,それころ百貨店の上の方の階にある,床がカーペット敷きの「メガネサロン」に,行ったんじゃなかっただろうか。遠い日の記憶ゆえ,あやふやもいいとこだけど。


子ども用品なのだから子どもフロアで売られていても何ら不思議ではないけれど,需要が増えている(=近視の子供が増えている)んだろうかな。小学校高学年にもなれば子供服売り場なんて行きませんもの。ってことはそれ未満のお子様ですよね。


わたしの周りでも中学校に上がるとぽろぽろ視力矯正の必要な人がいたけれども,ううむ。そんなに多いのだろうか。多いのだろうな。


その入りやすい雰囲気作りに,O田急百貨店の“めがねの女の子を増やしたい”野望なり欲望なりをかぎ取ってしまったのはわたしの鼻がおかしいのだろう。きっとそうだろう。


本気でメガネ人口が増えることを願っているかなまるには喜ばしいことだろう。そんな彼の心配は,幼い内からの視力低下をはかると長じて後メガネでは矯正できないレベルにまで視力が低下してしまい,結果としてコンタクトレンズに換えてしまう可能性が高いことにあるらしい。かなまるがメガネでなくコンタクトレンズなのは,どうやらそういう理由らしいので。わたしは乱視が入っていて,コンタクトレンズでは乱視はこれ以上矯正できないと言われているのだけれど,今更メガネもなぁ。


最初にメガネを作ったのは,視力低下してからしばらく引っ張って,6年生だったかな(5年かも)。よく言われるように,一度メガネにしたが途端急激に視力が低下して一度メガネを作り替え,コンタクトレンズにしたのは確か中学校の3年生。コンタクトレンズにした理由は,鼻が低いためにメガネの座りが大変悪く何かと不便であったことと,2代目レンズのあまりの分厚さに(技術の問題だろう。3代目の方が薄いもの),思春期の女性としていかんともしがたい想いを抱いたことと。


コンタクトレンズはそれ以後数年に1度のタイミングで換えているが,ここのところは度数は安定しているようで,見えなくなったからと換えに行っても劇的に見えるようにはならない。コンタクトレンズはその性質上度を強くしすぎると近くが見づらくなるのであまり強くできないことと,上述の通り乱視の矯正が効かないことが原因。乱視の入り具合が違うために右目と左目の見え方を揃えられないのだけれど,身体が慣れたらしく,今は気にならなくなった。


一方のメガネは,高校1年ごろに2代目メガネを紛失して3代目メガネを作ったっきり止まっている。万に一つコンタクトレンズを紛失したらその日は会社を休むしかない,とたまに言っているが,その理由は別にメガネのデザインが格好悪いからだけではなく,メガネでは弱すぎて身の回りの必要最低限の要しか為さないからだ。


だからって,寝るときぐらい外せよとは自分でも思いますが。


先日の健康診断の視力検査では,掠れのようにしか見えない奴らを25%の確率にかけて適当に言っていたら,割といい結果(両目で1.0だったかな)が出て,ちょっと後ろめたかった。(1:55)