再放送までの間,とりあえず本放送終了時の雑感など。


なるべく文句つけない感じでがんばります(つけたいのか?)


昼間「100質」に関して「昔のことなんて覚えてないよ」と書いたわたしを見透かすかのように,最後は名場面集だった。秒単位で切り替わる場面の数々は,いつ・どこの場面かわかるものもあれば,わからないものもあった。


約1年,49回は短くはなくて。


連続ドラマだから。自宅で録画したものが全部残っているなんて限られた(恵まれた)人だけだから。必ずしもそういう見方をしなくてもいいとわたしは思っている。どっぷりはまらなくても楽しめるものだと(そうあるべきと)思っている。毎週日曜日,見ては忘れ見ては忘れ,少しずつ話は進み作中の人々は成長していく。移ろいゆく季節と共にドラマも移ろいゆく。それでいいと思っている。だからこそ(半分以上負け惜しみなのだが),最後に流れた名場面集を6分の1スケールとはいえ現実世界での時間の隔たりと共に懐かしく見られるのだ。


最終回を迎えると否が応でも一年の終わりを感じる。12月の日曜日はあと3回も残っているのでまだ年の瀬の実感はわかないけれど,60分拡大版だった最後の2分はもう来年の大河ドラマの予告で,来年わたしはこれを見るのだろうかと,ふと遠い目になるのだった。


主演がアイドル事務所所属のアイドルだから心許ないんじゃないか,正直そう思って見始めた今年の大河ドラマだった。中盤までは,周りの若手実力派俳優達の中で,どうしても至らなさが目に付きもした。しかし,最後2回で見せたどこまでも透明な感じはどうだろう。


演技の巧さとか,そういうのはわたしにはわからない。それを評せるほど舞台も映画もテレビドラマも見ていない。しかし,役者として上手になったか否かではなくて,あれだけ物足りないと思っていた局長が(これは,演じた人の演技の物足りなさだけでなく,ドラマの中で近藤はずっと「ただのいい人」でいつまでも煮え切らなくて物足りなくて仕方ない人だった),オマエ主役かよ,と毒づいていた近藤勇が,最後は疑いもなくこのドラマの主役として幕を引いた。


#47まではまだぶぅぶぅ言っていたのだから,ほんとにここ2回のことなんだけど。


今日の放送では端座する近藤を正面からとらえた絵が多く使われていた。それを見ていて一瞬ふっと「これは香取慎吾なんだよな」と我に返った。昨日見たスマステ4の香取慎吾を脳内に引っ張り出して比べてみた。


でも,同じ人には見えなかった。「あぁ,近藤勇だ」と安心して,再びドラマの中に入っていった。


だから,来年の主役だって,見る前から決めつけてはいかん。もっとも,主役がどうこうというのとわたしが見るかどうかは別問題なんだが。


見る前から決めつけといえば,かれこれ一年前を思い出す。あれから随分と遠くへ来たものだ。


はじめの数回を見て拒絶反応が出た人はすぐに見なくなっただろうし(はじめから見ていない人もいるだろうし),途中から見なくなった人もいるだろうし,逆に途中から見始めた人もいるかもしれない。現実世界のわたしの周りで見ている人は多くもなければ全然いないということもなかった,いずれにしてもドラマの話をすることはまずなかった。なかったから日記に(皆に煙たがられているのを承知の上で)書いてきたわけだし。


前に一年通して見た大河ドラマは(何度も書いているが)「北条時宗」だった。この時も周りで見ている人は全然いなくて,話をすることも(今年以上に)なくて,日記に書くこともしなかった。あれは2001年のことでその時からわたしの生活は大きくは変わっていないのに,まったく別の時代のことに思える。


その時と今年との最大の違いは,言うまでもない。このドラマを通して初めてわたしはドラマレビューを書いている人達の存在を知り,一方的にではあるけれど他の人の感想を読み,それを見て認識を深めたり感動を共有したり。それは現実世界での会話のなさを補うに足る,或いは,曖昧な場の合意が形成されない分直接の会話にも勝る楽しみを得ることができた。それによって「なんとなく見ている連続ドラマ」であるはずの大河ドラマがわたしの中で存在感を増していった。日記での言及がエスカレートした最大の原因でもある(ドラマを見ていない人達にとってはいい迷惑だったとも言える)。


と,携帯電話にメールが入って中断。知り合いも増えたんだな。うれしいなぁ。


冷めるのが早いのは自覚しているのでいつまで続くのかはわからない。今月26日放送の総集編を見ていなければ笑っておくれ。


さて。ホットウィスキーのお代わりをして,BS2の再放送を見ます。読み返してみれば今日の感想を少しも書いていないので,続きはその後で。まだどこかぼーっとしていて,何も思い出せなくて,何かを書けそうにないのです。