いい加減某NHK日曜夜8時ドラマの感想を書くのは控えようと思っているが,

という前フリで毎回書いているような気もするが,今回はドラマのストーリーとはさほど関係ないところで。


ゴールデンタイムのテレビ番組で極度に暴力的或いは性的な表現というのは,きっとしてはならない(禁止でも自粛でも敬遠でも)んでしょうね。わたしはしばしば大河ドラマNHKドラマの性的な表現に対して「ここまでやるかNHKなのに!」とか「このへんがNHKの限界か」といった視点で見てしまうものだ。


ここでえっちな話題を期待したみなさんごめんなさい。いろいろな本でえっちな風に描かれる所謂芹沢鴨暗殺現場をどうえっちじゃなくするんだろうと思っていたらそうきたか,といった内容ではありません(←書いてるやんか ←“えっちな描かれ方”に興味ある人はぐーぐるせんせいにでも訊いてください)。


あのですね。これはもう放送が始まったはじめの頃からずっと感じていたことなんだけど,人を斬ってもほとんど血が出ないのね。血しぶきが飛び散らないのですよ。わたしはカレンダーの端で手を切ったことぐらいしかないので,急所に刃物が突き刺さってそれを抜いたときにどうなるかをこの目で見たことはないのですが,刃物って,刺したままだとあんまり血は出なくて抜くときに血が噴き出るという風なことを見聞きするんですけども。突き刺さった槍だの日本刀だのを引っこ抜いてもぶしゅっといかないのが,不思議というか不自然というか。


そりゃ,実際がどんなかはしらんよ。しらんけどな。動脈切らなかったら噴き出しはしないかしらんし。しかし綺麗すぎるわ。


もう一つ,断末魔の悲鳴というか,そういった大声もあがらない。みんな静かに呻いて死んでいく。これもまた,誰もがぎゃーぎゃー騒ぐわけではないのだろうけれど,声を挙げる暇もないほどあっさりと急所をやられる場合もあるのだろうけれど,武士だろうがなんだろうが痛いときには痛いだろうし,死にたくもないだろうし,しかしながら雑魚になればなるほど物も言わず斬られていく。


今年の初めに「ラストサムライ」を見に行ったとき,かおりさんが,合戦シーンで血しぶきが飛び散り斬られた首がすぱすぱとんでいる様が気持ち悪かったと仰っていた。動体視力の弱いわたしは頭が飛んでる様子は確認できなかったし,もともと感受性に問題あるのか気持ち悪いとは感じなかったのだけれど,それを見てから大河ドラマを見ていると,逆に,血が出なさすぎて気色悪い。


これから書くことについて,“だから○○なんだ”などとこじつける意図はありません。ありませんというところで,刃物で人刺してもあんなもんで済んじゃうっていう錯覚に陥ってしまうなぁ,なんて風に思います。や,別に,げろんげろんでぐっちょんぐっちょんにえぐいのがいいとか現実に即している方がいいとか,思っているわけではなくてね。そうコトは単純ではないとも思いますので,はぁ。


話は少し逸れるけれど,何も映像で直接的に描写するだけが真に迫る表現とは限らない。勘違いなのを承知で言うけれど,今回,雨の降る中行われた芹沢鴨暗殺で,雨に打たれて鬢がほつれ,真夜中シーン撮影用青白薄暗ライトに照らされて凄絶な表情でたたずんでいた山南さん(暗殺部隊の一味)の姿を見て……ごめん,生首想像しちゃったよ。ちょっと(かなり)ぞっとしたよ。


これも出血と同様実際にこの目で生首を見たことはないので,今から十数年前の大河ドラマでは見られたかもしれない時代劇生首人形とか,絵に描かれた所謂敵方の総大将の首とか,そういうものから来るイメージなんだけれど。戦国時代物ですね。あれは髷は結ってなくて髪を下ろしているけど。


つまり,視聴者が予め持っているイメージを喚起させることができれば,そこに直接生首人形を見せなくとも薄ら寒い感じの表現は可能であろうという話。今回の山南さんのは別に生首的含みはなく単に鬢が解れていただけのシーンですけど(かっこよかったさー)。


ところで,山南さんに対してなにかっちゅうと不幸の陰なり呪の匂いなりを感じてしまうのは,観ている側の勝手な(先走った)こじつけでないかと時々思う。観ている側がそれを探して見てしまうことを承知でわざとそういう演出をしている部分は大いにあると思うけれども,こじつけずに見ている人にとっては伏線にはならない,何の意味もないシーンにさえも,何らかの意味を付してしまうっちゅぅかね。


100年以上前の時代のことなので,あそこに出てくる人たちはもう誰一人存命ではない。そういう意味では皆同じなんだけど,つまり,この人もいつか死ぬんだなぁと思って見てしまうことがあるのだ。基本的にはわたしはあまりそういうことを考えずにドラマ時間に付き合っているんだけれど,それでもたまに,ふと,“ああこの人も……”と思うことがある。特に,ドラマ時間の内に死を迎える可能性が高い人に対しては,その死の陰というか,死に際の演出の伏線を,探してしまう。


あまり書くと「ネタばれ」になりましょうか。こういうさじ加減は難しいね。あらすじ(ドラマのではなく歴史の)を知っている人って,つい何のためらいも覚えず,常識を書く感覚であらすじを書いてしまうけど,フィクションのエンタテイメントのネタばれと考えると,しないほうがいいような。わたくしなんぞも,誰がいつ死ぬぐらいは配慮を欠いているな。「どうやって」「どのように」については,今回の大河ドラマはフィクション(若しくはファンタジィ)要素が強いので,ドラマのシナリオを知らないとばらしようがない(つまりわたしも知らない)んだけどさ。


時に生死すら一般に言われているのと違う場合もあるみたいですし,あまり気にしないのがいいのか。


もう少しまとまったことを書くつもりだったのに脈絡がなくなってしまった。


何にせよ,バイオレンスは程々に。


3月の終わりから憑き物が憑いたかのように書き殴っていたけれど,そろそろ離れていった模様。適当にのんびりいきます。1週間以上更新されていなくても驚かないでください。


こういうことを書くとたくさん書くだろうの法則にやや期待。