今年の年越し


実家の母方の祖母が昨年暮れに倒れて入院している。彼女は入院先での年越しとなった。ちょうど天皇杯皇后杯準決勝の日に連絡を貰ったが(倒れたのはその前日の由)状態は落ち着いているとのことですぐの帰省はせず,定例の年末年始の帰省にあわせて,見舞いに行った。


病院は365日休みなしだ。外来は緊急のみとのことでさすがに外来受付や診療室あたりは閑散としていたが,入院病棟は平常運転。ほかの入院患者に混じっている祖母は,自分の記憶にあるよりもずっと歳を重ねて見えた。前回会ったのが1年前なのだから当然1年分は歳を取っているのだが,それ以上に。


晦日も元日も関係なく働いているスタッフさんたちは,身体を動かすのに不自由し耳もかなり遠くなっている祖母にそれでも明るくフレンドリーに接してくれていて,身内の我々にもあたたかく親切で,ありがたいやらありがたいやら。


時代の趨勢を反映してか,趣味つながりの知り合いに医療職や介護職に就いている人は多い。ほんの10分か15分うかがうだけでもたいへんな仕事だろうと思えるし,実際にはもっとはるかにたいへんだろう。本当に頭が下がる。


とはいえ年越しを家で一緒にできなかった寂しさや今後の不安が完全になくなるわけではなく,心細そうな祖母に「また来るね」と手を振るのは胸が痛む。祖母に愛情を注ぐ祖父の姿にもまた胸を打たれる。


祖母が家にいないので,年越しの準備含め食事の支度は祖父がしてくれている。いい歳をした孫としてたいへん情けない話ではあるがそんな感じである。母親は相変わらずゴーイングマイウェイなので(帰省した30日にはうちに来て晩ごはんの支度をしてくれた。彼女の娘夫婦への愛情は疑うことはない),祖父,父(婿養子),夫(孫の夫)という血のつながりのない男衆3人とわたしという取り合わせの4人で食卓を囲んで,大晦日には蕎麦をすすり,新しい年を迎えて雑煮を食べつつ祖母が塩をしていたという鯛をむしりながらお屠蘇をちょびっと舐め,氏神様に初詣をした。


今年1年の家族の健康と安全を祈る。神頼みだけで何もしないダメな孫であり娘である。いつまでも子どもでいたい。もういい歳である。