近頃世間のお子さま(2〜4歳ぐらいか)がかわいく見えだした。

子どもというと条件反射で眉をひそめていたものだが。わたしも歳をとったねぇ。けっこう真面目に自分の子どもが欲しいと思うようになってきたけれど,それは現実からの逃避だろう。現状の延長になんかの限界を感じるとそれ以外の世界が羨ましく思えるものだ。しかし,「好きを仕事に」だかなんだかいう雑誌を立ち読みしていて思ったのだが,世の中そんなおいしい話は転がっていない(つまり,おいしそうなことが書いてあったのです)。どこにでも仕事があふれているほど雇用は多くないし,サラリーマンを軽んじるつもりはないがやはりフリーランスはいろんな面でたいへんと思う。例えば税金や社会保険ひとつとっても,会社組織に所属している方が楽そうだ。……子育ての話から外れてしまった。つまり,子どもを育てるのはけしてサラリーマンより楽な仕事ではないだろうと。楽か楽でないかで人生を決定していく考え方の是非はこの際置いておいてくださいな。どうもわたくしの思考回路はそのようにできているらしく。


社会貢献したいのかなぁ。それとも自分が叶えられなかった夢を自分の子どもに託したいというタチの悪い欲望だろうか。何かやりたいことがあるのならそれを始めるのにまだ遅くはないと思うのだがね(勿論,中には今からでは絶対に無理なこともたくさんあるけれども)。今から自分の人生の可能性を狭めてなかば人生終わった気でいるのは自分でもどうかと思うけれども。といって,目下何かやりたいことやなりたい将来像があるわけでもないので,可能性を狭めようが人生終わった気でいようが,何ら不都合はないんですが。「こんなはずではなかった」とも思っていないし。だから具体的に子どもを使って自己実現を図ろうなどという意識を持ってはいないつもりだけれど,もしかするとそれは表層での意識に過ぎず,無意識にわたしの子どもはわたしよりも遙かに才能にあふれた人間でやる気もあってわたくしよりも実のある人生を歩んでくれるのではないだろうかとか,思っているんじゃないかしらん。そして,だからこそ女の子じゃないといやだと頑なに思っているのではないかと。そうですね,「やりたいことのある自分」ってのが,わたくしの夢なのやもしれません。子どもにその手のことを求めている点ではわたしの母親がそうかも(うわぁ/汗)。


……何も無理矢理後ろ向きな理由を考えなくても(苦笑)。次の世代を残そうという意識が芽生えてきたのは動物としては悪い傾向ではなかろうと思うのだが,どうなんだろ(理科わからん)。しかし,なんかというと娘のことしか考えなくなってきたのはつまらないことだ。それが「子どもに夢を託す」ってことじゃないかと思うんだよな。子どもを介在しない自分自身の楽しみってのは考えないのかい? 尤も,実際に子育てをしようとすれば,ほかのことに構っている余裕なんざないのではないかと不器用なわたくしは思うものですが。たわごとの話題が100%娘のことになっても勘弁してください。