ナウシカ歌舞伎(一部NHK正月時代劇「ライジング若冲」)(1)
2019年12月に新橋演舞場で上演された新作歌舞伎「風の谷のナウシカ」。以下「ナウシカ歌舞伎」
尾上菊之助があの有名作品を歌舞伎で、それも昼夜通しの大作とあって、制作発表にかなり興味を惹かれたが、チケット争奪戦に勝ち抜ける気がまったくしなかった。その後の映画館での上映も心身の余裕が無かった。
ところが、この正月にNHKBSでナウシカ歌舞伎をノーカット放送するという。2日と3日、前編と後編に分けて、それぞれ朝の7時半から。起きられるわけもないので迷うことなく録画して、4日に6時間かけて一気に観た。
思いつくままにとりとめなく感想を書く。
「風の谷のナウシカ」は原作漫画未読、アニメ映画もテレビ放送を1度ぐらいは観たことがあるはず、というレベルに無知だが、番組の冒頭に作品世界や主要登場人物についての説明があり、また、幕開きにも口上で背景説明がなされたので、話を知らなくても支障なかった。後編の幕開きでも、背景と前回までのあらすじが口上で述べられ、プロローグで主要登場人物が名乗りを上げる。
手元に筋書きもイヤホンガイドもないが、問題なく楽しめた。考えてみれば、お芝居は、原作を知らずに講演チラシ程度の前提知識で観ても楽しめるのは当たり前のことではある。さらに、テレビ放送は字幕を表示できるので、わかりづらい台詞、とくに、フレーム外のために口の動きが読めない浄瑠璃を文字で確認できるので便利だった。
よく「歌舞伎はあらかじめ筋を知っておいて観るもの」と言われる。お年始のEテレの歌舞伎座新春公演番組の冒頭でも言ってた。そのほうがより楽しめるよと。でも、そうなん? 何度もかかっている有名な演目でも、オチを知らずに観てストーリー展開そのものに驚いてカタルシスを得て楽しむこと、あるよ。通しじゃなくても。
まして新作歌舞伎。まして通し。ナウシカはむしろ筋のほうが日本じゃ常識だろう、という節もあるがそれはそれ。有名だけれどちゃんと観たことはなかった作品、話の展開が気になることは、長時間視聴の大きなモチベーションのひとつだった。歌舞伎でここまでガチの通し上演はめったにない(通し狂言であっても、もとの人形浄瑠璃が歌舞伎になる段階で抜粋されてたり、丸一日かけてた時代のを現代にそのままは持ってこられなかったり)が、通し上演だからなおのこと、ネタバレなしで観て楽しい、があった。
ふだんの歌舞伎公演の多くは「長いお話の中の人気のパートだけ上演」スタイルだから、そこに至る前段を知っておく必要があるのはしかたないけど、オチまで知ってから観るべき、的な意見には、やはり今でも首肯しがたい。「オチまで知っていても楽しい」「オチまで知ったうえでおかわりするとさらに楽しい」ならわかるが。そもそも娯楽としての観劇なんだから、ノーガードで観てノーガードで楽しみたいじゃん。
さて。
冒頭の、作品世界と前提説明は右近による口上。口上で始まるスタイルは(人形でこそなかったが)「仮名手本忠臣蔵」を彷彿とさせて、古典らしくて良い。
ほかにも、歌舞伎世界ではないものを歌舞伎世界にもってくるにあたって、古典の演出やらを取り入れている部分が多々あるようで、歌舞伎に詳しい人は、いろいろ見つけて楽しめるのだろうと思った。
とはいえ、わたしが歌舞伎に詳しくない(原作のアニメと漫画はもっと知らない)のをおいといても、さほど歌舞伎テンプレートにのせてきた感じはせず、あくまでナウシカの世界、ナウシカの登場人物、に見えた。
大道具小道具もありものじゃないし、衣装(扮装)も和服ベースではあるものの、既存キャラを借りてきているふうではない。浄瑠璃も所作事パートの曲も(舞踊の元ネタはあったっぽいが)新しそうだったし、下座音楽には、ふだん使わないような西洋楽器の音もしていた。
あらためて、歌舞伎狂言に仕上げるまでの道のりは如何ばかりだったかと思う。
尾上菊之助が挑む新作歌舞伎は「NINAGAWA十二夜」も「マハーバーラタ戦記」も大好きで、だからこそナウシカも観たかった。目新しさや物珍しさ、和風な背景大道具衣装台詞で演じるギャップからくるおかしみ、(通しだから)ストーリーわかりやすい、総じて演出が派手、などの、娯楽として(ネタとして)おもしろいから、が前面にあるんだけど、それだけでなくて、なんていうのかなあ。歌舞伎作品でないものを歌舞伎プロトコルに則って歌舞伎フォーマットにのせることで、歌舞伎の真髄というかなんというか「歌舞伎」を「歌舞伎」たらしめているものは何か、が浮かび上がってくる、ような気がする、し、歌舞伎の懐の深さもわかる。気がする。菊之助は、歌舞伎への変換作業を通して、歌舞伎を理解し表現しようと取り組んでるんだろーなー、的な。知らんけど。
残念なのは、この種の作品は、作るのがめちゃめちゃ大変そうなのに、せっかく作ったのに、何度も繰り返し上演される演目にはならない(なりづらい)こと。初演、いいとこ再演で、それを逃すと観られない。ナウシカも、テレビはテレビで堪能したけれど、同時に、劇場で観たい、とも強く感じた。序盤のユパのアドリブ客いじりや真っ暗闇の演出はその場にいてこそ。緊迫感は劇場ならより一層強まる。
再演してくれないかなあ。してほしいなあ。
度々の上演が難しいのは、しかたないんだけども。歌舞伎公演は、役者が皆あらかじめ台詞も動きも全部入っていて、浄瑠璃三味線黒御簾も同様、大道具小道具衣装類も使い回しや基本形のアレンジ、だからこそ中4日程度の空きで毎月複数の劇場で公演できているわけで、新しい作品はそうはいかない。いろんな意味でオリジナルメンバーありきになるし、往々にして座組がやたら豪華なので、一公演に集めるのが難しそうという点でも、再演すら簡単ではなさそう。このナウシカ歌舞伎でいえば、菊之助と七之助ダブルヒロイン(?)は、12月の新橋演舞場だからこそのスペシャル感がある。
今回のテレビ放送でTwitterでみかけた感想にあったように、大詰のうちの墓所前の場だけ繰り返し上演されるような、初演時の配役以外でも上演されてだれそれのだれそれがどんなという見方楽しみ方ができる演目に、なれるなってほしいと、たしかにわたしも強く思うのだけれども、実際には、難しいんだろうなあ、なんて。
びっくりするほど時間が過ぎていたので、今日はここまで。書きたいことの1割も書けていないけれど、続きの有無は気分次第。動機は七之助だったはずなのにかすりもしていない。