電話機を買い換えた話

うちに来たことのある人は知っているが,我が家の固定電話の端末(つまり電話機)は,長らく,長辺30cmほどの家庭用FAX(電話機能あり)だった。最大A4サイズ対応モノクロインクリボン式の普通紙FAXである。2000年に東京に越してきたときに買ったものだから*1,かれこれ20年選手になる。前世紀の遺物。


買った当時は,まだ,「いえでん」という言葉もなかったような気がする。携帯電話は一通り普及し,一人暮らしを始める若者が固定電話を契約しないケースが珍しくなくなりかけていたが,まだまだ,電話と言えば固定電話を指すもので,固定電話は「あって当たり前」だった,と記憶している。


それに,自分はすでに電話回線を持っていた。遡ることわずか4年か5年かそこらだが,自分が大学進学を機に一人暮らしを始めた頃は,まだ,独居にあたって固定電話を引くケースがほぼ100%だった(どうでもいいけど,契約したときはまだまだ新規回線が高かった)。携帯電話は持っている学生のほうが圧倒的に少なかった。「携帯だけ」という選択肢の学生も,いるにはいた。が,ものすごく珍しかった。大学の4年のうちにPHSが爆発的に普及し,速やかに携帯電話に移行していった。


家庭用FAXがすごく普及していた時代でもあった。まだ,インターネットとEメール(死語ですな)はさほど身近でなく,家庭レベルでは常時接続でもなかった。ゆえに文字や絵の情報を送るにはFAXしかなかった。イタ電ならぬイタFAX,してましたねえ。懐かしいな。記憶にないが,学生時代は感熱紙FAXを使っていたと推測される。感熱紙のくるくるが嫌だった。だから,普通紙FAXに拘って,今のを買ったはずなので。


買い換えるときにFAX機能をつけるかどうかで少し悩んだのを覚えている。電話だけなら小さいのが出ていたが,FAX機能をつけると紙のぶんしっかり場所を取る。ADSLになっていたかどうか忘れたが,少なくともてれほとかそういう時代ではなくなっていたはずで,友人とのやりとりはメール(パソコンのだよ)が中心になっていた。


だけど,ないのもちょっと,と思ったのだ。なんでか忘れたけど。なんだかんだで,当時はFAXの用途はそこそこあった。何かへの応募や申し込み,注文。ある機能をなくすのは勇気が要る。それにパソコンはあるけどプリンタは持ってこなかったので,プリンタとしても必要だと考えたような記憶がある。


結局,あまり使わないだろう予想のほうがあたって,用紙は最初に買った一束が半分も減っていないしプリント機能も使った記憶が無い。用紙の使途でいちばん多いのは間違いFAXの受信かもしれない。それでも,頻度は少ないながらも,「あってよかった」「あると便利」と思ったことは,1度や2度ではなかったはずだ。とくに初期は。


とはいえ,年を減るごとに,ほんとうに全く,ぜんぜん,使わなくなってきた。FAX機能はもちろん,固定電話そのものも。今でも,それらしい書類に記載する自宅電話番号は固定電話のものにしているのだが,買い物(取り寄せとか)などで連絡先を求められたときは携帯電話の番号を書くことのほうがふつうになった(以前は携帯の番号をあまりあちこちに書きたくなかった。)。だから,留守電にたまに入っているのは自動応答の世論調査か無言の「つー,つー,つー」のみである。


固定電話の継続自体が不要という考えもあろうが,公に近い書類はすべて固定電話の番号なので,なくすのは難儀である。まさに,FAX使わなさそうだけどFAX機を買ったのと同じメンタルである。そして,使わないから古くても不便もないわけで,3年前の引っ越し時,明らかに新居に不釣り合いな古い端末を,そのまんま持ってきた。引っ越しでほかに買うものが多々あるなかで,優先度が著しく低いものを買い換えるのが億劫だったのだ。


それこそうちに来たことのある人は知っているだろう。家具一式新調してそこそここざっぱりしたインテリアのリビングに鎮座する,15年以上を経てなんとも言えない風合いに変色した前世紀デザインの家庭用FAX機。そこだけ異質に目立つ。しかもでかい。


まあそのうち,と放置していつしか3年。こざっぱりしていたリビングも次第にがちゃついてきた。「新居」感が低減するにつれ,つい物を置きたくなってしまう性分が,家をきれいに保ちたい気持ちを上回る。卓上カレンダー,ノベルティの小さなグッズ,観戦の勢いで買ってしまう背番号グッズ,サイン入りカラーボール,頂き物のトレカ,ショップカードがわりのはがき,バースデーカード,ぬいぐるみ,観葉植物,写真……


机上に平面展開しているので格好がつかない。壁に棚(無印良品の箱っぽいやつか,長押っぽいやつか,棚か,今でも考えてはいる)をつけたい気持ちはあるものの,地震が怖いし,穴をあける抵抗もある。


という不平を度々繰り返していたので,聞き飽きたと思われる。そりゃうんざりもするだろう。出張でこちらに来ていた夫が言った。「このFAXをどけて小さい電話だけにしたら少しはすっきりするんじゃない?」。この土曜日のことである。


FAX一台なくしたぐらいですっきりするかどうかはともかく,FAXが美観を損ねているのは間違いない。もう潮時だろう。通販サイトでいくつか端末を見て,現物を見ないと気が済まないとわたしが主張するので,日曜日夫の仕事終わりに一緒に大型家電量販店に行って,新しい電話を買った。充電用の台座約8cm四方,本体幅約5cm高さ約20cm。ストレートタイプの携帯電話とその充電器,ぐらいのコンパクトさである。でんわのでんわ部分(キャッチというかそういうの)は別になっているので,別のところに隠し置いた。


机がめちゃめちゃ広くなった。


古いFAXをどうしたのか訊いたら,納戸に入れたそうな。30cmを微妙にこえているので,不燃で回収してもらえず粗大ゴミになる。日曜日はぶっ通しで働いてかなり疲れたと言っていたのに,設置までしてくれて,ほんとうにありがたい。から,これ以上の贅沢は言わない。でもずっと納戸にあったら,きっとわたしは文句を言うんだろうな。身勝手だな。自分で出せばいいのにな。


要するに惚気なんだけど,そんなわけで,机が広くなったので空いたスペースを利用して小洒落たデスクライトを設置して,今よりもう少しでもパソコンと仲良い生活を送りたい。


4年目。いやしかしほんとに,ディスプレイの方法もどうにかしないと。

*1:という前提で書き始めたのだが,自信がなくなってきた。