BBC「SHERLOCK」の感想
先週の火曜深夜以来,しばらくドラマ「Sherlock」にどっぷりはまっていた。1週間経ち,新たな燃料も投下されないので,さすがに熱も冷めつつあるが,まだ抜けきってもいない。久しぶりにドはまりした。早くシーズン2が地上波放送されないかしら。観たいよう。
おそらくこの先ネタバレします。謎解きの核心はさすがに書かないと思うけど,ストーリーとか人物とかエピソードとか小ネタとか元ネタとかとか。
1/15〜29までの火曜深夜0:25〜1:55。全3話。1話90分ぶっ通しの深夜枠だったのでリアルタイム視聴は自重して,録画していたわけですよ。第1話と第2話はちゃんと翌日になってから黙々と録画分を見た。
第1話を見た感想は,純粋に,「おもしろいじゃん!」だった。エピソードタイトルが「ピンク色の研究(A Study in Pink)」。下敷きに原典の「緋色の研究(A Study in Scarlet)」があるのは言われなくてもわかる。タイトルだけでわくわくする。
舞台は21世紀のロンドン。現代のロンドンの街を疾走するシャーロック・ホームズとジョン・H・ワトソンのコンビは,タイムスリップではなく現代人。パスティーシュ作品のくくりに入るんだと思う。コナン・ドイルの「シャーロック・ホームズ」が存在していないことに時に違和感を覚える,フィクションの現代ロンドン。19世紀にホームズとワトソンが存在していなかった世界だからこそ,ホームズとワトソンがそっくり現代に現れたような気がする。現代人だったらさぞかしこんな感じなんだろうなあと思わせる。
原作のホームズは冷静沈着なイギリス紳士だけれど,21世紀のシャーロックはエキセントリックだ。すぐに興奮するし失礼だし人の言うこと聞いてないし。殺人事件にわくわくするような不謹慎な性分も持っている。最初のシリーズの愛機はBlackberryとVAIO。
相方のジョン・ワトソンは,そんなシャーロックに呆れながらも付き合っている。傷痍軍人で有能で道義心と冒険心に満ちているのは,原作のワトソンと同じ。21世紀のジョンは当初ブログに書くネタがないと言っているので,文才は原作のワトソンのほうがあるかもしれない。「ピンク色の研究」では二人の出会いが描かれる。
ストーリーや事件もドラマオリジナル。ただ,中心となる事件の下敷きに原典の事件・作品がある。19世紀の事件のエッセンスを現代にもってきてお色直ししているのが面白い。その解決にスマートフォン,Webメール,GPS,現代のツールが駆使される。ベースの事件以外のエピソードにも原典の小ネタがちりばめられていて,元ネタを知っているとニヤリとできる。
第1話を見終わったときには,ドラマ公式サイトを見て,それからネットで事件の下敷きとなっている「緋色の研究」を探して読んだ。どう考えても少なくとも3度以上読んでいるけれど細かいところは完全に忘れていたので。ベッドの下にちくま文庫の全集があってもネットで読める便利な世の中。初見で気づいた以上にしっかり原作踏襲しているし,原作オマージュも多くて,なお楽しかった。
第2話の前夜には,ゆるーく下敷きにしているという「踊る人形」を予習。視聴後もドラマ公式サイトをふらふらしつつ,「踊る人形」以外の下敷きがあるような気がしたので感想ブログを探して読み,さらに「恐怖の谷」を読んだ。改めて読むと「踊る人形」と「恐怖の谷」には共通する点があり,その共通する点からさらにエッセンスを抜き出したのが第2話の「死を呼ぶ暗号(The Blind Banker)」の謎と絡んでいる。19世紀にイギリスの一般市民がアメリカに抱いていたイメージが21世紀にもってこられるとああなるらしい。
そのあとはランダムに原典の短編をぱらぱらとつまみ読みしていた。第3話の下敷きが「ブルースパーティントン設計書」だったのでそれも読みつつ第3話の放送を迎えた。
そして迎えた第3話。これをリアルタイムで見たのが拙かった。そしてTwitterのハッシュタグを見ちゃったのが火に油を注いだ。それまでホームズ物のドラマの一つとして楽しんでいたものが,これを境に「SHERLOCK」という固有のドラマ作品自体と作品世界とキャラクタに転がってしまった。
この差は大きい。それ以来,原作には見向きもせず,ひたすらドラマ関連動画をあさり,英語版Wikipediaをあさり,と英語の海を徘徊していた。
役者のベネディクト・カンバーバッチ氏のつくるホームズ像が素晴らしい。くるくるの長めの髪はシドニー・パジェットの挿絵とは違うのだけれど(どちらかというと映画のロバート・ダウニーJr.に近い髪型),出てきた瞬間に「ああ,ホームズだ」と思った。細身の長身,彫りの深い顔立ち,暗い色の髪に青みがかった淡い灰色の瞳。それから考えるときに両手の指先を合わせる仕草。襟を立てたコートの立ち姿と身のこなしがスタイリッシュ。濃いグレーのざっくりした織り地で襟のボタンホールを赤い糸でかがってるコートがめちゃめちゃかわいい。そこに青い薄手のマフラー。
年の頃は三十代半ば。ほどよい渋さと愛敬とが同居していてとてつもなく魅力的。襟元から長い首が覗くシャツ姿やら細い腰やら,部屋でだらだらしてるときのパジャマっぽいズボンやらカーディガンやらのかわいいこと(既にホームズ関係ない)。突然軽い男を演じて顔芸を見せるのも面白い。
なんでも,カンバーバッチ氏の声と推理をまくし立てるときの早口の英語が良いというので,吹き替え版で見ていたことを悔やんだ。が,時既に遅く,録画分は音声多重に対応していないようで,英語版が見られない。しかたなく某動画共有サイトでトレーラーやらBBC公式チャンネルの名場面集を探す。英語全然わからん。一度吹き替え版で見て内容を知っているはずなのに,笑えるぐらいわからん。
ともあれ想像していたよりも低かった声はたしかに耳に心地よく,抑揚をつけずに一息に喋る早口の推理シーンは,英語がわかればさぞ楽しかろうと思われた。
マーティン・フリーマン氏演じるジョンもかわいい。小柄で金髪碧眼。ジーンズに白いもふもふのセーターを着ている。シャーロックよりは少し年かさで,戦場で負傷して本国に戻ってきた元軍医。無職の年金暮らしでお金に困っている。シャーロックの失礼千万な振る舞いに思いっきり引いたのに,とまどいながらも笑って受け入れるあたりが鷹揚で紳士。挙げ句お遣いさせられたりあちこち連れ回されたり,馬鹿にされたりと,かなりひどい扱いを受けているのになんだかんだ言いながら付き合ってやってる。シャーロックのどこがいいのかわたしには全然わかんないので,ジョンはたぶんそうとう人がいい。第1話のジョンの描写にはいくつか納得いってないところもあるんだけど,それはわたしが日本人だからかな。
第1話から第3話まで徹底して,周囲からはゲイカップル扱いされていじられているのも現代版ならではのおかしみ。ジョンは「君が何でも僕は構わない」と言うのだけれど,自分がシャーロックとカップルに見られるのはいやらしい。女好きだからかね。
第2話でシャーロックが大学時代の知り合いであるクライアントのセバスチャンにジョンを紹介したとき,シャーロックの「友人のジョン・ワトソンです」にセバスチャンが「友人?」と珍しい顔をした瞬間にジョンが「同僚です」って訂正したのも,おおかたそれが理由だったんだろう。でもあれはシャーロックがちょっぴりかわいそうだ。自称「高機能社会不適合者」で友人もいないことを認めているシャーロックが友人と紹介したことがどれだけ画期的か。ねえ。
主役の二人だけでなく,ロンドン市警のレストレード警部,下宿の大家のハドソン夫人といった周辺の人物も,それぞれ,現代に抜け出してきたような,実にそのまんまなんだけど現代人,というキャラクタに描かれている。ホームズシリーズに欠かせない悪人モリアーティさんやシャーロックの兄マイクロフトもそれぞれ実に愉快。
ドラマオリジナルの個性的なキャラもいる。それから,カメラワークや字幕の見せ方の演出もおもしろい。遺体の袋のジッパーをあけるシャーロックを中からうつす。冷蔵庫の扉をあけるジョンを中からうつす。ふしぎ。スマホの画面上の文字は,テレビ画面の真ん中にテロップで表示される。観察するシャーロックの気づきも,画面上のその位置にテロップで出てくる。
テロップは日本語版では,日本語に書きかえられている。スコットランドヤードの記者会見で記者のスマホが一斉にぴろんと鳴って「違う!」と文字が飛び出してくるのが,むしょうにおかしかった。英語では "Wrong!"。
さきに英語がわかればとは書いたけれど,このドラマ,日本語版のせりふも好きだ。
もともと吹き替えには,なんとなく違和感がある。アニメもたいてい苦手だ。慣れの問題なのは分かっていても慣れるまでに時間がかかるのが常で,吹き替えというだけで見る前から構えてしまう。それが今回は,珍しく,そういうひっかかりがほとんどなかった。英語の一人称ひとつとってもどう訳すかで印象がかわるところ,このシャーロックとジョンと他のキャラクタたちの話す日本語は,わたしの好みに合っていた。印象的なせりふがたくさんある。上にあげたジョンの「君が何でも僕はかまわない」もその一つだし,シャーロックとジョンの初対面のシーンでシャーロックが言った「僕はシャーロック・ホームズ住所はベーカー街221のB,じゃあまた!(The name is Sherlock Holms, and the address is Baker Street 221B, afternoon!)」も,なんてことないせりふだし奇をてらった翻訳でもないけれど三上氏の口調でぐっとくる。「稀な意見だな」「他の人はなんて?」「『うるせえ』って」。原語で楽しめたら素敵なのにという気持ちとは別にそれは確実にある。
早回しと停止の緩急を付けたカメラワーク,風景が作り物に見える画像の加工と大きな観覧車,タクシーの車窓から流れるロンドンの街並み,シャーロックの顔芸,ジョンの溜息。
シーズン2が待ち遠しくて仕方ない。なんたって第3話の最後のクリフハンガーぶりが酷すぎる。NHKも地上波で放送するつもりはあるらしいが時期等は未定の由。この年明けにBSプレミアムで放送していたばかりだからかなり先にはなるだろう。なぜ年明けの放送を先に録画しておかなかったのだろうと心底悔やまれる。
もっともBBCではシーズン2が放送されたのが1年半後っていうんだから,それにならってじっと待つのもアリかなあなどと思ってもいる。
ただ,ついついネタバレ見てしまうのがなんとも。シーズン2を見ないことにはワトソンのブログ(コメント欄まで制作陣で仕込んでいるブログ。日本語版がアメブロにある。メタぽくておもしろい)も全部は読めないし,早川書房から出ているケースブックも読めない。
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