父への手紙


今日は父親の誕生日。昭和26年生まれの父は,今日で満六十歳。同時に,結婚前から勤めていた職場も本日付で定年退職となった。


わたしも10年ぐらいサラリーマンをやっているので,35年ぐらいずっと同じカイシャで(ちょいちょい転勤はあったけれども)働いて定年退職を迎えることの重みを,想像してしまう。誕生日よりも先に,還暦の祝いよりも先に,退職を強く意識した。


定年退職の年齢や期日はカイシャにより幾らか異なる。わたしはてっきり年度末だろうと思い込んでいたので,この正月に帰省した折に父の職場では誕生日きっかりだと聞いたときには軽くショックを受けた。


長期休暇のないカレンダー通りの職場で,奨励以外の有給休暇もほとんど取らず,毎日7時半ぐらいには家を出て,遅いときには帰宅が9時を過ぎることもあった。いろんな仕事をしてきただろうし,大変なことも辛いこともあっただろうけれど,家では仕事の話は何一つせずに黙々と通勤し,給料はボーナスまで全て母の管理下においていた。もちろん父の小遣いもあったけれど,少なくともわたしが幼いころは,趣味らしい趣味も見られず,お金を使うようなレジャーもしていなかった。その父の労働によって得たお金でわたしは何不自由なく暮らし,好きな習い事をし好きな物を買い,大学まで行かせてもらった。


週が明けたら来なくていいよと言われて居場所がない気持ちになるんじゃないかと,しかしそんなことは子が心配するようなことではない。彼は彼で1人の大人で,それこそ娘に金がかからなくなった今は自由にできるお金も増えているだろうし,そこに自由にできる時間がどっさりと与えられただけのこと。これまでの三十余年の日本の社会からの労いであり,ようやく生活の全ての時間を自分の思うままに過ごしていいよということでもある。


子として父の誕生日と退職にあわせて何かお祝いをすべきだろうと思ったが,何をしていいのか。欲しい物があれば自分で買うだろうし,食事や旅行を楽しむ風でもなさそう。せめて今日届くように手紙を出そうと思いついたが,それさえも根性なしで実現できなかったので,こんな所に書いている次第である。


一人っ子はこんなとき相談できる相手がいない。


9時半頃に実家に電話をしたところ,父は職場の人達にお祝いの夕食会をしてもらっているとのことで,まだ帰宅していなかった。


わたしが知っている「お父さん」だけではない顔が,たくさんある。


心配するなんておこがましい。これからも元気に,日々の生活を楽しんでいてくれれば,それが何より。