かの友人からメールが来て


mixiの件及び春の西域旅行の写真。


わたしは自分では写真はほとんど撮らなかったんだけど,そもそもカメラを持って行っていたかどうかを覚えていない。かなまるにちいさいのを借りていった記憶が微か〜にある(のは去年のカナダと勘違いしているか)。でもそのカメラが今どこにあるかは分からない。大きな声では言えませんが旅行鞄がまだ片づいていません。


ちらっと自分が写っているのを見てまずショックだったのが,それ以降の太りっぷり。5月の初めなので底ではないものの激増するよりは前なんだよな。なので今と比べると格段に細い。「誰だよこれ,あ,俺か」って,自分で思うのは辛い。今と同じジーンズなのにぶかぶかやん。がんばろ。


と思った数分後にくるみぶどうパンを食べていました。2時頃かなあ。あかんって。もっと細かった頃の写真もあると良かったかもね。ははは。


あとは,いくらあの環境だからってもう少しまともな格好をしておこうよ,とも思った。


それはともかく。写真も全然見ていなかった(自分で撮っていなかったから)し日記も旅行記も書いていなかったから,旅の記憶は薄くなっていた。行ったことすらよく忘れている(たまに「今年は海外旅行してない」とか「もう1年以上海外行ってないよ」とか大真面目に口にして相手に訂正されます)。期間が短かったからか移動が多くてそれもバスだったからかハプニングが少なかった(本当に?)からか,確かに全体としては印象が薄い部分もあるんだけど,友人が撮った写真はほんとうに綺麗で添えられたコメントはセンスに溢れていて,それを見ているとしみじみと,いい旅行だった,素敵な場所だった,また行きたい,と思うのだった。


記録と表現って大切だ。


それにしても,例えばどこか(カシュガルかな)で泊まった旧ロシア領事館を改装したとやらの趣あるホテルの趣ある廊下。その写真でわたしはそこを歩いているときに歯の詰め物が取れたことを思い出した。そしてその後一度も歯医者に行っていない。不便なりに慣れてしまったのは良くない。紅い絨毯が続く廊下はほんとうに趣あるのに,思い出すのが「歯の詰め物が飛んでいった瞬間」の自分は,どうやら新彊の歴史に格が合っていないらしい。


雲のない広い空はどこまでも蒼く,目の前にはただひたすらに土けた色の建造物の残骸が広がっている。強い日差しにじりじりと首筋を焼かれる交河古城,ロバ車に揺られて砂埃まみれの高昌古城。大動脈であろう細い電線が礫沙漠の中ぽつぽつと頼りなく続くトルファンへ向かう国道。ベゼクリク千仏堂では谷底の川と木にようやく心安らぎ,カラクリ湖畔の清冽な(酸素濃度の異様に低い)空気。雪の白さと水の青さを知る。ポプラ並木に土の家,未舗装の道路を行き交うロバ車。パンがおいしかった。


旅日記書くつって初日で止まっているんですが,うぅん,今更。


ここまで引っ張っておきながら今日は「スクラップヘブン」を観に行きます。うふふ。